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オリジナル短編小説 【レモンの物語〜花屋elfeeLPiaシリーズ32〜】

作:羽柴花蓮
ココナラ:https://coconala.com/users/3192051

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 檸檬と書けば、小説「檸檬」を思い浮かべる人が多いだろう。丸善書店が閉店するとなると小説のように檸檬を置く人が続出した。ただ、この漢字を読めるのは若者ではいなかろう。普段は「レモン」で通っている。「レモン」の語源はヒンディー語「limbu」であり、レモンが西洋に伝わる過程で変化し、現在の「lemon」になったと言われている。花言葉は実と花では違う。花は「誠実な愛」、「思慮分別」。実は「情熱」、である。

「なるほどねぇ~」
 また隠れながらレモンの解説を読む、向日葵である。

ここに一軒の花屋がある。花屋elfeeLPia。小さな花屋だ。だが造語のはずの店名は造語ではない。ここには花の妖精がおり、向日葵が花言葉と一緒に客の思いを成就させていた。特に恋愛面が多いため、恋愛成就を狙う客に追いかけ回されいた。つい、最近まで常連客がガードしてくれたおかげでうわさ話も消えていった。おかげで、今は店で一樹の手伝いができる。それでも習性で隠れてしまう向日葵だった。
「ひまちゃ~ん。隠れてないで仕事を手伝ってくれ~」
 店主、一樹の情けない声が聞こえてくる。
「あ。つい。花言葉の本を見てた」
「見るのはいいんだけど、いきなり隠れないでおくれ。いっちゃんだけでは常連さん回しきれないよ」
「と。あそこに清純な女性を発見。ひま、行っていま~す」
「ひまちゃ~ん」
 一樹の情けない言葉を背中にしながら女性に声をかける向日葵である。
「珍しいでしょう。その植物。なんの花だと思います?」
「あ。店員さん?」
 の割には若い、その女性、佐宗実花は向日葵を見る。つけているエプロンには店のロゴが入っているが・・・。
「これ、店長さんからもらったエプロンです。小学生の時、ここを遊び場にしていたので恩返しにここでお手伝いをしているんです。名前は向日葵。ひまって気軽に呼んでください。そのお花なんの花だと思いますか?」
 向日葵がクイズにしているプレートを見せる。
「さぁ・・・。きれいだけど、何の花かは・・・」
「ここのカードの裏に答えがあるんです」
 ほら、と答えのプレートを見せる。
「レモン? ホントに??」
 実花は驚いて向日葵とプレートを二度見した。
「はい。これはなかなか常連さんでもわからないんです。当てた方にプレゼントすることになっていますが、お姉さんがずっと興味深げに見ていたのでお姉さんにプレゼント!」
 はい、と鉢を渡す。
「このレモンの花言葉は何なの?」
 いまだ、不思議そうに見ている花を見ながら実花は言う。
「花言葉は、レモンの花と、実と別れていて、花が『誠実な愛』『思慮分別』。実が『情熱』です。レモンの強烈な印象が実の情熱に結びついているんです。お姉さんも花言葉の成就をお祈りしている方ですか?」
「そんな噂を聞いて、ちょっと興味があったの。彼氏いない歴生まれてからずっとだから」
「レモンの花言葉の『誠実な愛』をお姉さんにあげます。ぜひ、実らせてくださいね」
「って、何もしないの?」
 はい、と向日葵はにっこり笑う。
「私の役目は花言葉の成就だけ。花言葉を送ってそれからどうするかはお客様次第。彼氏は自力で見つけてください。どうしても見つからなかったら、また来てください。ここでお見合いしますから」
「お・・・お見合い?!」
「たまにおられるんです。ここで出会った方と結ばれる方が。今日はいらっしゃらないようですが」
 まさか、もう、レモンの精が肩に乗ってるとも知らず、実花は周りを見回す。
「お姉さんのお名前うかがってもいいですか?」
「あ。佐宗実花、名乗り忘れていたわね。レモンにびっくりしていて」
 持っていたメモ帳にさらさっと名前を書く。向日葵はその字をじっと見つめる。
「変わった苗字なんですね。それにお名前に実が入っている。レモンにピッタリですね。実際は実の『情熱が』あっているのかもしれません。ここに何回か通っていただけるとわかると思います」
「そう? じゃぁ、しばらくここに通ってみるわ。いろんなお花があって楽しいもの。まるで植物園みたいね」
「それが自慢なんです。小さくてもいっぱいの花たちがあるのが。いっちゃんも手入れを怠らないし、この店の功労者はいっちゃんと萌衣さんですから」
「こらこら。ひまちゃんも、だろう? いっちゃんはひまちゃんがいてくれたからここまでこれたんだ。過小評価しないようにね。お客様がひまちゃん待ってるよ」
 一樹が来る。向日葵は常連を見つけてとんで行く。
「可愛い女の子ね。本当にこの鉢を持って帰っていいのかしら?」
「ひまちゃんが認めたお客様ですから、遠慮なく」
 一樹もにこにこ勧める。
「じゃぁ、持って帰る袋ください。このままでは両手が塞がってしまうので」
「はい。もちろん。こちらで」
 一樹が誘導するのを見ていた男の客がたどり着くなり、残念がる。
「クイズに答えるために調べてきたのに・・・」
「あれ? 新入りのお兄さん。レモンの鉢って解ってたの?」
 常連客と歓談していた向日葵が言う。
「新入りって、あの場所にあの花が置かれてからずっと通ってるよ。やっと調べが付いてきたのに持ってかれたなぁ」
「そうですか。じゃ、別の難しい花置いたらまた、来ます?」
 向日葵のいたずらが始まる。そこへ実花がやってくる。
「あの、正解が解ってるなら、このレモンの木、お渡ししますが」
「いえ、いいんです。あの難しい問題を解くのが好きなのです。向日葵ちゃん、次はどんな花を置いてくれるの?」
「それは内緒。いっちゃんと相談しないといけないもの」
「そうだったね。おめでとうございます。クイズに正解して」
「いえ、それは・・・」
 事実を言いかけて向日葵は実花を肘でつつく。
「レモンの木は実花おねえさんのものなの。また来てねー」
「ええ」
 まるでレモンの木を自分に渡すために言われているように聞こえた実花はそのまま帰っていく。
「綺麗な人だね」
「でしょ? レモンの花みたいな人なの。お兄さんもレモンが似合いそうね。いっちゃ~ん。レモンの木、もう一個ある?」
「あるよ。持ってこようか?」
「いえ、あくまでもクイズに答えてもらいたいので」
「と、言われましてもあまり珍しいものは入りませんし」
 そういう一樹の目にも男性客の肩にレモンの精が載っているのが見えていた。向日葵はもちろん言わずもがな、である。
「そうなんですか?」
 と、がっくり肩を落とす男性に向日葵は思わず声をかける。
「お兄さん、クイズ魔?」
「クイズ魔って・・・。ひまちゃんそれは・・・」
 失礼だろう、と言いかけたところで男性客が認める。
「ここに難しい名前の花があると聞いてきたんです。見聞を広げるために。ひとえにクイズのためです。クイズ番組に出るのが夢なんです」
 余りにも珍しい客の事情に一樹も向日葵も一緒にぽかん、と口をあける。
「そんなに驚く事ですか?」
 逆に客が驚く。
「ここにはそういう方は皆無でしたので」
「うん」
「そうですか。それならそういう常連さんになって見せますよ」
「って、なってどうするの?」
「さぁ?」
「さぁって・・・。お兄さんの名前は?」
「伊達丈。丈夫の丈って書くんだよ」
「丈夫お兄さんって呼んでもいい?」
 向日葵の目が面白そうにしている。これ、と一樹が言う。
「いっちゃんの名前はいじってもいいけど、お客様の名前をいじっちゃだめだよ」
「ええー」
「構いませんよ。面白い呼び名ですし」
「面白い、ことが好きなのね。丈夫お兄さんは」
「そうなんだ。面白い事が見つかったら是非教えて」
「はぁい。あ、子犬お兄さん~」
 別の常連客を見つけて向日葵は向かう。
「なんですか。子犬お兄さんって」
「実はですね・・・」
 斯く斯く然然と一樹は事情を話し始めた。

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