見出し画像

オリジナル短編小説 【旅の仲間を持つ旅人 〜小さな旅人シリーズ17〜】

作:羽柴花蓮
ホームページ:https://canon-sora.blue/story/

+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+

「マリー。デートしよー」
 麗らかな日差しの元のんびりと本を読んでいた万里有に征希がぶら下がる。
「重い!! たまにはおとなしく本でも読めないの? デートばかりじゃお金なくなるわよ」
「働いてるもんー。休みの日ぐらいデートしよー」
「もう。しょうがないわね。そこのカフェでお茶でもする?」
「するする」
 おやつを与えた子犬のようにはしゃぐ夫に選ぶのを間違えたのか、と思ってしまう。
「今、間違えたか、って思っただろ?」
「どうして解るの?」
 嫌な予感がする。
「最近、超能力が付いたのかマリーの心の声が聞こえてくる。マギーにも聞こえたよね?」
 ええ、とにっこり笑うマーガレットである。
「うそー!!」
「だからどっちかで叫んで」
 マーガレットが額を押さえる。
「どっちも聞こえて俺は嬉しいけど?」
「夫の愛は親友を凌駕するのよ」
 マーガレットが真面目に言って万里有はきょとんとする。
「だって、夫でしょ? 籍入れたでしょう? あとは挙式だけよ?」
「そうだけど。普通は自分の方に引き入れない?」
「征希の愛には負けるもの。はい。仲良くデートいってらっしゃい」
 ひらひら手を振るマーガレットに万里有は不安になった。
「どうした? 万里有」
 離れたところで征希が万里有を気遣う。こういう所は成長した。
「なぜか、マーガレットに何かが起こってるような気がして」
「だから、置いていくんだ。マギーの心の支えは万里有しかいない。誰も代わることはできない。たぶん、昔はマギーにも支えになる人がいたんだろうけど・・・」
「征希はマギーじゃなくて私を見るの」
 顔を自分の方に向ける。征希はそんな万里有にキスする。
「万里有が可愛い。早く俺のモノにしたい」
「それは新築一軒たててから」
「ちぇ。さぁ、カフェデート」
 すねたかと思うと手を繋いでご近所さんのカフェへ出向く。万里有はここのパフェに目がない。面白いほどぱくぱく食べる。そんな万里有を愛おしそうに征希は見つめる。
 二人とも甘いデザートと甘い時間を堪能して会計をしていると一人の女の子に声をかけられた。パティシエを目指してバイトをしている森美樹だ。
「美樹ちゃん。どうしたの?」
「陽だまり邸って本当にお金かからないんですか?」
 そっと聞いてくる。
「そうだけど? 来る?」
 行きたそうな顔をしているがシフトがある。勤務は終わってない。
「明日、シフト入ってないんです。明日お邪魔していいですか? タルト焼いてくるので」
「もちろんだよ。タルト待ってる」
 美樹の手を取ってぶんぶん上下させる征希である。ちょっと、と征希をにらむ。
「新妻の前でなにしてんのよ」
 思いっきり足を踏んづける。
「マリー!!」
 びっこを引きながら後を追いかける征希だ。
「万里有、ごめん~」
「知らない!」
 ツン、とそっぽを向く。
「タルトに目がないんだよ~。それは知ってるだろ?」
「知ってるけど不機嫌! あ。マギー。美樹ちゃんがねー」
 夫を放り出してマーガレットに話しかける万里有であった。

 翌朝、メンバー全員で朝食を取る。しかし、征希の隣に万里有は座らない。
「万里有―。まだ怒ってるの~?」
 征希が声をかけるがやはりふん、とそっぽを向く。
「征希なんてタルトと結婚したらいいのよ」
「なるほど。タルトか。失敗したな。征希。今日一日万里有はいないと思え」
「何? タルトって」
 亜理愛が聞く。
「今日、あのカフェでバイトしている子がタルト焼いてきてくれるんだって。ねー。征希、おいしいタルトだといいよねー」
 声は機嫌いいが目が据わっている。
「万里有~。こっち来てくれよ~」
「無理無理。万里有が機嫌損ねたら一年ぐらいは続くわよ」
 一姫が言う。
「わかった。今日から俺はタルトを食べない。なら、いいだろう?」
 万里有の隣の席にむりやり入る征希である。
「征希のお茶碗あっちでしょ」
「万里有が許してくれるまで断食」
「もう。焼き餅妬いただけよ。ちゃんと朝ご飯は食べて。体壊すわよ」
「大げさな」
「大げさじゃないの! ほら、私が戻るから。他人に迷惑かけないの」
「万里有~」
 横にいる喜びに浸る征希である。
「色ボケ」
 一姫がぼそっと言う。
「一姫、夫婦げんかは犬も食わぬ。ほっとくのだ。とばっちりが来るぞ」
 大樹が事前バリアを張る。
「大樹の言う通りね。で、美樹ちゃんが来るのはお昼? 午前中?」
「さぁ? 時間は聞いてないけど・・・。美樹ちゃん十時のおやつに合わせてきそうな気がする。亜理愛、一応お茶の準備お願い。何か悩みがあるらしいの」
万里有のこういうカンは当たることが多い。不思議と。そこはメンバー的に皆、周知の事実だ。
「マギー。リーディングできる? 朝から」
「え? ああ。いいわよ。昼からはドレスの最終試着でしょ? 朝の方がいいわ」
 マーガレットは物思いにふけっていた。だが、その心中を察することの出来る者はいない。マーガレットは最近、笑顔が減った。何か考えている。そう思うもマーガレットは心の扉を閉じるのが上手だ。憶測でしかうかがい知れなかった。懸念はあるものの、旅人から来訪の願いを受けたのだ。まずはそちらが優先だ。万里有は一瞬、マーガレットの両肩を抱くと事前の一枚引きに向かった。
 やはり、美樹は朝のおやつタイムに来た。
「確か、万里有さんがウェディングドレスの最終試着と聞いていたので朝に来ました」
「気を遣わせてごめんなさいね。さぁ。お客様、こちらへどうぞ」
 万里有がマーガレットのいる部屋へ連れて行く。征希は何を思ったのか迎えの場所には来なかった。
「ようこそ。美樹さん。背中を押して欲しいのね。どんな道を選びたいの?」
 もう、いつものマーガレットだった。ほっとする反面、心配だった。征希もそっとマーガレットをうかがっている。
「これ、朝に焼いたんです。皆さんでどうぞ」
「ありがとう。アリー、準備はいい?」
「ええ。この季節なら苺のタルトかと思って苺のフレバーティをやめてダージリンに変えたわ。その方がすっきりするでしょ?」
 亜理愛がお茶の最終過程、カップに紅茶を注いでいく。
「ほら。征希。念願のタルトよ。食べないの?」
 征希は紅茶は飲むが、タルトには手を出さない。
「後に置いておくの?」
 不思議に思って万里有は聞く。
「タルトに浮気したからタルトは万里有にやる」
 まだ、大人になりきれていない部分が出る。万里有は微笑む。
「大丈夫よ。征希が浮気者なんて思ってもいないから。ほら。あーん」
 口を開けろと言わんばかりにタルトを征希の口元に持って行く。少々戸惑っていた征希はそのまま万里有の手ごとかぶりついた。
「ちょっと。手はタルトじゃないわよ」
 そう言っておしぼりでふく。カードを汚すわけには行かない。
「万里有の味がする」
 にへら~と征希が笑う。へたれ具合に皆、呆れているが万里有はその表情を愛おしげに見る。
「さぁ。恋人達の戯れは終わりよ。リーディングするわ。その前に旅人としてきた美樹さんは何を悩んでいるの?」
 実は、と話し出す。
「パティシエになりたくてバイトをしてるんですけど、最近、実力のなさが露呈することが多くて、パティシエに向いていないのかと思うときがあるんです。この夢、諦めないといけないのかそうでないのか聞きたいんです」
 マーガレットは了承した合図に頷く。
「それではこのカードに聞いてみましょう。これは人生を旅に例えたカード。美樹さんの道を後押ししてくれるわ」
 そう言っていつも通りにカードを並べる。そしていつものように一枚示すように言う。美樹はすっと指で指さした。パティシエもぱっとした想像力がいる。それと同じような感覚で選んだように見えた。マーガレットはカードを開ける。
「『Fellow travelers』、『旅の仲間』、メッセージは『周囲の全てに支えられています』よ。この悩みを店の方に言ったかしら?」
 いいえ、と美樹は首を横に振る。
「恥ずかしくて言えません」
「このカードが示しているのは、多者からのサポートを受け入れるように示しているわ。一人で頑張る必要はないの。まったく予想もしない人からの助けもあるわ。誰かから援助の手が出れば断らないで素直に受け取って。きっと助けになるはずよ。マリー。あなたのカードは?」
「『Foresut temple』、『森の神殿』のカードよ。森の奥深くに木漏れ日の下で輝く神殿が描かれているわ。キーワードは『悟り』。でも、日本で言う悟りとは少し違うみたい。これも自分の中や周りにある光に目を向けるように言ってる。このカードは、自分の考えに固執しているときにも現れる。自分の視点だけで見るのではなく、他者の視線から見る事が必要と示しているわ。美樹さん。あなたの周りにはすばらしい先輩や同僚、そして導いてくれるチーフパティシエもいるわ。オーナーさんも。自分で抱え込まず、人に話して。今日ここへ来たのは、話をしたかったのでしょう? 誰かに聞いて欲しかったのね」
 万里有がそう言うと美樹はぽろぽろ泣き出した。
「苦しかったんです。ずっと。一人でずっと考えていて。それで集中力も落ちて失敗ばかり。ここは迷える旅人の訪れる場所と聞いていました。聞いて欲しかったんです。誰かに。それで一緒にいて欲しかったんです。側に」
「いるじゃない。側に、お店の人が。よく周りを見て。どんな人が側にいるか見るのよ。お客さんだって助けてくれるかもしれないわ。それにこのタルト狂の征希とかね。本当に好きな人は好きなのよ。目指してみたら? パティシエ。店の人に言えなかったら、ここに来ればいいわ。私達にお菓子作りの素晴らしさを教えて。それだけでも心は軽くなるんじゃない?」
 万里有がまるでマーガレットのように話す。万里有も一人で運命を抱えていた。だが、この陽だまり邸で心は軽くなり、愛する人も見つけた。この素晴らしい世界をもっと見て欲しい。そう万里有は思っていた。万里有のその愛にあふれる心はマーガレットの心にぬくもりを与えた。やはり、万里有しかいないのか? あの人を眠りから目覚めさせるのは。愛にあふれる聖母マリア。その代わりに万里有と出会ったのかもしれない。
 マーガレットは思考の泉に落ちていた。万里有の声ではっと我に返った。
「それにね。この森の神殿。美樹さんに関係してると思うの。お名前、森美樹でしょ?
名字にも名前にも森と樹がはいっているわ。この神殿のカードは私でなくてあなたが導いたの。ただ。あなたの顔を思い浮かべながら引いたカードよ。譲り渡すことはできないけどそんなカードがあると言うことを忘れないで」
「万里有さん・・・」
「この屋敷ではマリーよ」
「ま・・・マリー。今度、このタルトのレシピ持ってきます。みんなでタルトを作りたいです。ここは本当に居心地のいいお屋敷。マーガレットさんが一生懸命お手入れしてましたもの。毎日銀食器磨いて窓や床をふいて。お店から見えるんです。マーガレットさんが一生懸命お屋敷を掃除しているところが。きっとだからこんなに素敵なお屋敷なんですね」
「今は、シェアハウスになって荒れ放題だけどね」
 マーガレットが笑顔を見せる。一斉に他のメンバーが身を乗り出した。
「どうしたの?」
 マーガレットはきょとんとしている。
「やっとマギーの笑顔が見れた。美樹さん泊まっていって。マギーに笑顔の大安売りさせて」
「え?」
「もう。マリー。物思いぐらいふけさせてよ。たまたま気がかりがあっただけよ。それはその内、解決するわ。みんなの力で。そう信じている。そうでなきゃ、こんなに人が集らないもの。まるで祖母が生きていたときみたいだわ。美樹さんもこれからここに通って。一緒にお菓子作りましょう。楽しみね」
「ありがとうございます。あ。そろそろお昼です。何か食べたいものありますか。作っていきます」
 それを聞いたメンバーは口々にメニューを言い出す。
「待った! 一個に絞らなきゃありつけないわよ。あそこはパスタが人気だからパスタでいいわね?」
 やはり、マーガレットでなく万里有が仕切る。だが、それでマーガレットは満足しているようだ。
「種類も同じ。好みは聞かないわよ。マギーの一番好きなパスタにするから」
「え?」
 びっくりしてマーガレットは万里有を見る。万里有は小さく頷く。
「お昼が出来るまで各自自由行動。お昼にまた集って」
 ブーイングが起きるが万里有は聞かない。まるでマーガレットの代わりをしているようだった。マーガレットはいつも自分で決めてきた。それをしなくてもいいという重圧感が開放されていた。皆、それぞればらばらに動く。マーガレットは万里有に抱きついた。
「ありがとう。代わりに話してくれて。最近、よく眠れないの。だから気持ちも前みたいに明るく出来なくて。万里有のおかげで助かったわ。しばらく万里有に仕切ってもらおうかしら」
「いいわよ。こういうのは慣れてるから。それよりもマギーが心配なの。何がそんなに心を痛めているの?」
「それは、今度またちゃんと話すわ。征希と一緒に」
「俺もか?」
「マリーのここにとどまるように言ってくれたのは征希だけよ。その気遣いが嬉しかったの」
「マリー。行くわよ」
 一姫が声をかける。
「マギー、ちゃんと正式に話はしましょう。とりあえずマギーの食べたいパスタは何?」
 う~ん、と珍しく長考を始めたマーガレットである。

ここから先は

299字

¥ 100

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?