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#3 タキソール ある抗がん剤の開発ヒストリーを駆け足で

11:23 am 前投薬開始。
心電図モニターをつけて、抗がん剤のアレルギー反応を抑制するための抗アレルギー薬から点滴する。
30分ほどで終えて、タキソール溶解液を点滴。三時間かけて落とす。
そのあと、カルボプラチン溶解液を点滴。
半日がかりである。

タキソールは、太平洋イチイの樹皮から得られた化合物。
イチイは、日本にも古来から自生していた木で、別名をアララギ、またはオンコという。庭木や工芸材としても歴史があり、仁徳天皇がこの木から、笏を作らせ、この木そのものに正一位の冠位を与えたのが語源とか。
その葉の薬効も古くから知られていたようだ。夏に採取した葉を日干しして、煎じて飲むと、血圧や心臓に良いとされていたそうだ。経験則で培われ、伝承された知恵なのだろうが、情報技術の発達もない時代、本当に大切なことは、人の手で、守り、伝えられてきたということだろうか。

時はくだり、1963年、米国西部に生息する太平洋イチイの樹皮に微量に含まれる成分に、抗悪性腫瘍作用があることが見出された。これは、1958年から、米国NCI(National Cancer Institute)が主導したプログラムの成果の一つであって、35,000種以上の植物がスクリーニングされたという。

35,000!!!
気の遠くなるような数。地球上の植物の種類数とは、案外難しくて、カビやバクテリアなども含めるか否か、などの分類の仕方で数え方も変わるうえに、数えるそばから新種が発見されたりと、なかなかに難しいらしい。おおよその数として、何人かの学者が、地球上の植物数は、だいたい20万から30万種ほど、と書いている。 

ありとあらゆる植物から抽出されたものが、どんな腫瘍に対して、どのような抵抗力のあるかを探索しようとする無数の試みが、たった一つの新薬に結晶する。

製薬会社に2社、合わせて14年ほど勤めていたから、その感覚はわかっていたはずなのに、やっぱり、患者から見る医療や医薬の世界は、全然違う。

果たして、
開発当初、太平洋イチイの樹皮から生成された天然物が使われていたものの、この木は生育が遅く、かつ、抽出される成分は極めて微量のため、大量の伐採が必要となり、天然成分頼みでは環境保全の観点からも問題になる。しかし、この薬を必要とする患者さんは極めて多い。

そこで、いまは、イチイ科植物の、針葉または小枝から抽出される成分を出発原料として、ブリストルマイヤーズスクイブが有機合成を駆使して、まさに、困難を極める研究開発の果てに完成させたのが、タキソールという新薬なのだ。

こういう開発ストーリーに触れてみると、色んな人の声が聞こえてくる。
同じ病を受けた人、
薬ができる前に亡くなってしまった人、
薬に命を永らえたひと、
願い、祈り、、

患者に病名を告げる医師、
調剤する薬剤師、
投与し側でケアしてくれる看護師、
この場面の積み重ねの年月で、科学的に検証されて、標準治療として選択されている。

16:25pm
本日の処置は終了。
左手、左下腕に痺れ。左でのビリビリした痺れは、それなりの違和感。
予防にと、牛車腎気丸をもらって飲んでおいたからか、覚悟していたほどでもない。

投与中は起き上がれない程の倦怠感だったけれど、それはこの薬のせいではないようだ。
前投薬の、制吐剤がとても効いていて、夕ご飯も食べられる。今のところ、ゲーゲー吐くような辛さはまだ来ていない。週末に来るかな?

さておき、先の心配をしても仕方がない。最高の医療チームが支えてくれている、今を、ひたすら精一杯がんばろう。

いま、確かな治療法で、ワタシはがんと戦っている。

写真は心の故郷、沖縄。ブセナテラス。
今年、行っておきたい。






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