窓辺のアン【物語】
北海道を旅したときに買って、箱に入れたままのランプ。
幼い頃より赤毛のアンに憧れてた私は、なんとしてもこの美しいランプを出窓に置きたかった。
そして原作みたいにランプの前へボール紙をかざし、互いの窓から合図を送るアンとダイアナを再現したい。
しかし、この家で出窓のある部屋は父の書斎だけだ。
大学教授をしている父の部屋は本で溢れ、書棚はパンパン。机の上や出窓にも本が積み上げられている。
ある日、その書斎から物凄い音が響いた。急いで駆け込むと。
「わ!お父さんどこ?」
派手に雪崩れた本の中から体を起こす父。時間差で、出窓に積まれた本達も崩れた。
「駄目だなあ…母さんがいないと満足に片付けもできん」
十年前、母が他界してから父と私は助け合い生きてきた。
「疲れが出たんだよお父さん。私がやるから」
靴の空き箱へ床に落ちた本を仕舞うと、ようやく視界が開けた。
窓の外には家々と海。あ、カモメだわ。
時は今!
「お父さん!書斎の出窓を私にちょーだい!」
夜、私は早速ランプを窓辺に置き、初めて火を入れた。
油と芯の焼ける匂いに胸が震える。揺らめく炎はずっと見ていて飽きない。
母の大好きなアンを私も好きになった。お母さん、私は腹心の友に会えるかな?
ボール紙をランプ前で上下させる。誰かがこの灯りに気づき合図を返してくれたら…
でも、反応はない。
そんな夜が幾度も過ぎ、1月が終わる頃。
懲りずにチカチカとランプを点滅させ、まだ見ぬダイアナに想いを馳せていたとき。
突然、目の中に白い光が飛び込んできた。
ハッとして薄目を開け、光の出処である家の前の坂を覗き込んだとき、思わず「あっ!」と声を上げた。
「お母さん?!」
懐中電灯を手にこちらを照らす女性が見えた。しかもそれは確かに、私の亡くなった母だった。
◇
月日は流れ、私は結婚して家を出た。
新居は賃貸で狭かったので、ランプは実家の出窓に置いたままだ。
あの日見た母の姿はもちろん幻だったのだろう。
やがて私も母になった。
娘に赤毛のアンを教え、あの美しいランプの似合う素敵な家がほしくて仕事を増やした。夫との喧嘩も増えた。
夫と娘は海外で暮らすことになったが、私は父の介護のため日本に残った。そのうち離婚届が送られてくるかもしれない。
病院で父を看取り、葬儀の後。
夜の波音を背に、ひとり家路へと続く丘の道を歩いた。
父は幸せだったかな?同じ問いを自分にも投げかける。
ふと、何かが動いている気配に顔を上げた。
一瞬、固まる。
誰もいないはずの家。二階の出窓から灯りが洩れている。葬儀の晩に泥棒?
すると、その灯りが点滅し出した。
ハッとして、私は懐中電灯を窓へと向けた。
書斎のランプの後ろで、少女が眩しげに目を細める。こちらを覗き込んだ刹那、彼女は「あっ!」と口を開けて泣き崩れた。
ああ、私は彼女を知っている。
知りすぎるくらい知っている。
「やっと会えた」
腹心の友ダイアナにして、窓辺のアン。
了
(本文 1187文字)
⭐️
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀
こちらの物語は、『冬ピリカグランプリ』に応募させていただいております。
最初、一気に書き上げたのが1600字近くになってしまい、それを削っていくのが難しかったです😹
今年も毎週投稿ができるようにとの願いを乗せて、元日の投稿です。
たくさんの『あかり』に照らされて、皆さまの一年が楽しく始まりますように!😊🌄
審査員の皆さま、おつかれさまです。くれぐれもご自愛ください。