魔女の誕生日 ~紙のみぞ知る~【#秋ピリカ応募】
このブレーキ音は郵便ではない。最近ご常連になったあの人だ。
彼女はピンクの自転車でやって来る。扉のパイプチャイムを綺麗に奏でて窓辺の席へ。暫く海を眺めたあと、メニューをこれでもかと顔から離し、目を細める。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
「苺ソーダください」
ここは、海を臨むカフェ・ロッキ。
窓越しの光に赤いソーダをかざす彼女。目の前をカモメが横切る。フフッと笑う声に炭酸が弾ける。
すると、紙ナプキンを一枚取り、ペンで何か書き出した。
彼女のいたテーブルを片付ける時、先程のメモが目に入った。「苺ソーダ カモ 助 ケテ」と文字が並んでいる。此は如何に?
あとで取りに来る可能性もなくはないと思い、ポケットに入れた。
翌日も彼女は窓辺の席にいた。ランチを食べ終え、また紙ナプキンに何か書いている。
おかわりの水を注ぎながらチラッと覗くと、今度は「エス オ イス」という謎の言葉。いや、インクが滲んでいるが、これは「エス オー エス」? たしか昨日は「助ケテ」って。
ハッと息を呑む。助けを求めている?
実は前から気になっていた。
彼女は時々左右違う靴下を履いてくる。苦しげに眉間を揉んだり、買い物袋を忘れて店を出たことも。
私はお節介承知で声をかけることにした。
「あの、失礼ですが、何かお困りでは?」
きょとんと音がしそうな顔でこちらを見る彼女。私は昨日の紙ナプキンをポケットから出し、テーブルのメモと並べた。
「助けて、SOSと読めるので」
私の推理に彼女のスフレみたいな頬が揺れる。
「優しいのね。でもこれは」
彼女は新しい紙ナプキンにペンを走らせた。
「苺ソーダ・カモメ・佐助・ケテルビー」「エスプレッソ・オムライス」
「佐助は猫。ケテルビーは作曲家」
水で滲んだ箇所には文字が隠れていたのか。
「このところ物忘れが酷くて、メモばかりしていたの。でもある時から書くもの全て、魔法の言葉に変えてみたのよ」
今、魔法とおっしゃった?
「ずっと義母の介護をしてきたわ。意地悪されて叱られて、心が萎んで自分が何者かわからなくなった。でも亡くなる前、義母は私に魔女の肩書をくれたの」
「魔女、ですか」
魔女はいる、と幼い頃から信じてきた私の心臓がドクンと脈打つ。
「でも魔女の承継って? そもそもあの人魔女だったの? 考えてもわからなくて、まずは魔法を感じる言葉を書いてみた。勢いで、いつも前を通り過ぎるだけだったカフェ・ロッキの扉も開けたわ」
ドクン。
「ここ魔法の宝庫ね。海、カモメ、苺ソーダ、カフェのロゴ入り紙ナプキンもすごく素敵!」
彼女が薔薇色の頬で笑う。
「わっ!」
突然、店内の紙ナプキンがブワッと宙に舞い上がった。
白い紙は次々とカモメに変化し、頭上を飛び交う。苺ソーダや猫もポンと現れ、『ペルシャの市場にて』が流れ出す。
ああ、この光景を何と呼べばいい?
教えてください、生まれたての魔女さん。
(本文1,197字)
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ずっと先だと思っていた秋ピリカでしたが、もうその秋がやって来たのですね🍁
読んでくださった優しいあなたさま、本当にありがとうございます✨️
審査員のみなさま、眼精疲労などで大変かと思いますが、どうか、ご自愛しつつで🍀