私のコテージ 【春ピリカ】
湖でひとり、雨蛙のように水を掻く。波紋が生まれ、自分の体から静けさが広がってゆく。
岸に着き、濡れたままの体でヒタヒタ丘を駆け上がると、私のコテージが見えてきた。
可愛い木のテーブルに椅子、青い敷物。陶器の水差しには黄色い夏の花が挿してある。
○
昼休みを告げるチャイムが鳴っても、美園さんは微動だにしない。顔の前でカンチョーみたいに手を組み、ピンと立てた2本の人差し指を見つめ寄り目になっている。
私は今日こそ、勇気を出して美園さんに話しかけようと思う。
5月にこの高校に転入してから、クラスの女子全員と友達になれた。まだどこのグループにも入ってはいないが、誰とでも仲良く話せる。
でも、黒板の前の席で宇宙と交信している美園さんとは一度も話せていない。
○
何の気配?
コテージの外にモヤッと影が見える。私の聖域に歪みが生じた。
ずっとここにいたい。それがもう少しで叶う気がしていたのに、引き戻された。
ぼやけた指先の向こうに黒板が映る。ガタンと横から伝わる振動。
「美園さんっ!一緒にお昼食べよ」
○
初めて美園さんと目が合った。緊張を悟られぬよう明るく振る舞う。机をつけて親密さも演出。私はいつもこんなふうに人との距離を縮めてきた。
「あれ?鈴森さん、私達と一緒に食べないの?」
「ごめん、美園さんと約束したの。また誘ってね」
さあて、限られた昼休みを無駄にはせぬぞ。
「いいの?あの子達のところへ行かなくて。あなたとは約束なんてしてないし、早弁したからお昼はない。こう見えて私忙しいの。放っといてくれる?」
拒否されるのは想定内。
「ね、そのポーズ!」
「え?」
「指を天に向けて何してるの?もしかして、宇宙との交信?」
○
鈴森さん、私にだけ距離のつめ方が独特。
私だって入学当初はクラスに打ち解けようと頑張った。
でも、風邪で休んで再び登校した頃には、私の入る余地などないくらい堅固なグループが形成されていた。
親の再婚で家に自分の居場所はなく、ここでもあぶれ、まるで壁のない空間を彷徨っている気分だった。
○
「ねえ、宇宙の果てはあると思う?」
ずっと美園さんにこの質問をぶつけてみたかった。だって、この子は間違いなく心にコスモを持っている!
唐突ね…と呟き、彼女は両手を組んで人差し指を立てた。
「何事にも果てはある。そう考えると安心よ」
指先にスッと目の焦点を合わせている。もう話せる雰囲気ではない。貴重な昼休みが…。
シュルン!
え?
美園さんの体が指に吸い込まれた?一瞬で跡形もなく消えた。
確かにここにいたはずなのに、美園さんの存在を示すものはどこにも残されていない。
○
ついに!という手応えがあった。
指を鳴らすと、執事のリカルドがどこからともなく現れて紅茶を淹れてくれた。飲み終えたらもうひと泳ぎしよう。
ここは私の指先のコテージ。
宇宙の果て?そんなのどうでもいい。
湖に体を浮かべながら指先を眺めると、教室でひとり、指を立てている鈴森さんの姿が見えた。
~了~
《本文 1999字》
《○を換算しない場合、1193字》
春ピリカグランプリ審査員のみなさま、そして、いまこのお話を読み終えてくださった方に、感謝のコテージを贈りたい想いです💖
財力なくて、妄想の域を出ずもどかしいです😹
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀
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