湯けむり夢子はお湯の中 #12 プリンアラモード会見
『喫茶店チェリー』に、和真氏と19時に待ち合わせしております。現在、約束の10分前。
さらにその一時間前、お向かいにある『ビューティーサロンM』の雅史さん、美里さんご夫妻(拓ちゃんの元同級生)が、白いお花の髪飾りを頭に付けてくれました。
丁重にお断りしたのですが、「いいから、いいから」「サービスだから」と言って、ヘアアレンジやメイクまで施してくれたのです。おかげで、首から上は引退コンサートのときの百恵ちゃんの仕上がりに。着替えてから行くつもりでしたが、仕事帰りに捕まったので、家に戻る間もなし。パンツスーツ姿の百恵ちゃんで喫茶店に直行しました。
こんばんは。湯川夢子です。とうとう金曜の夜を迎えました。グラスを持つ手が震えて、さっきテーブルに水をぶちまけたところです。和真さんが来る前でよかったです。
♨️
拓ちゃんには、和真さんとあの母子との関係を問いただして来いと言われてきましたが、ビリーの湯での空気感からして、彼らがファミリーなのは確実なわけで。さらに自分のハートを抉られる会見になるのは目に見えています。
サラリと確認して、スマートに終わらせましょう。
心を強く持って、ドロドロした感情は見せないように。
何通りものシュミレーションを頭の中で済ませ、窓の外に視線をやると、駅から商店街を抜ける人々のなかに和真さんの姿を見つけました。
ああ、ずらかりたい。
「夢子さん、お待たせして申し訳ありません」
「こちらこそ、お時間つくっていただきまして……」
店員さんが注文をききにテーブルへやって来ました。こういうときは、とりあえずコーヒーなのでしょう。
「プリンアラドーモひとつ」
「あ、ぼくも同じもので。えっ?プリン……?」
「かしこまりました。プリンアラモードをおふたつですね?」
しまった!会見のシュミレーション中、メニューの写真を眺めていたときに浮かんだ妄想をそのままやってしまった!
「プリンアラモードを“プリンあらどうも”って注文したら、お店の人どんな反応するかしら?」という考えが、消えずにずっと脳内でなりを潜めていたのだわ!
恐ろしい。何もこんなときにひょっこり顔を出さなくても。そして、特に何も起こりませんでした。
🍒🍮🍒
かくして、プリンアラモードは我々のテーブルに運ばれてきました。芸術的にカットされた果物。ホイップクリームの装飾。そして固めの質感のプリン。非の打ちどころのないプリンアラモードです。
「お話する前に、食べてしまいましょうか」
「はい。話しながらつつける代物ではありませんしね」
私たちはスプーンとフォークを駆使し、黙々とプリンアラモードを平らげてゆきました。
いよいよ引き延ばしてきたことを精算しなくてはならない。これを食べ終えたら、本題に移らなくては。
最後に残しておいたサクランボを口に含み、種をそっとペーパーに包んで、水を飲みました。
「こないだの……」
「ごめんなさい!夢子さん」
今にも土下座しそうな勢いで、彼が頭を下げました。「ごめんなさい」とは、やはり、そういうことで合っていたんですね。
「わかりました。確認できてよかったです」
「いや、でも…」
「私たち、母親に不意打ちのお見合いを仕組まれて出会って、たまたまふたりとも温泉好きだから、一緒に温泉めぐりを楽しんでいただけですもの。それだけですから」
「あの……たぶん、夢子さんはある部分において誤解されています」
「誤解?」
だって、あの女性は奥さまで、あの坊やは息子さんではないの?ん、あれ、何か私も引っかかってきたぞ。
そもそも彼らが家族ならば、和真さんのお母さまが知らずに私たちのお見合いを仕組んだ、ということ自体おかしいではありませんか。まさか、極秘結婚?
「あの夜、ビリーの湯で夢子さんと偶然会ったとき一緒にいたのは……」
目を見開き、「ですね、そこを詳しく!」と先を促すように大きく頷く夢子。
「一緒にいたのは、昔つき合っていた彼女とその子どもなんです」
「?!!」
「なーんだ、それならそうと早く……」の表情をしそうになってからの「?!!」です。
どんな顔をすればよいのでしょう?いいえ、いま私は、どんな顔をしているのでしょうか?
とりあえず追加で、プリンアラドーナルを注文させてください!
♨️つづく♨️
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