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【スーツ考】初めてのオーダースーツ

スーツの格好良さに漠然とした憧れを抱くようになったのは、2006年に公開された映画『カジノ・ロワイヤル』でダニエル・クレイグのスタイリッシュなスーツの着こなしを見たときからだと思う。その日以来、僕の頭の中には《スーツは自らの責務を果たす際の正装》というイメージがしっかりと出来上がった。ただ近頃の世の中では多様性を重視する風潮や新型感染症が流行した影響もあって、仕事中にスーツを着る人が減ってきているらしい。僕にとってはそのことが別の世界の出来事のように思えてならない。

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週末のジョグと適度な食事制限の甲斐あって順調に減り続けていた体重もそろそろ底を打った感があり、ここはひとつ、思いきってスーツを新調することにした。リバウンドの可能性を考えなくもないが、ジャストサイズのスーツを着たいという想いのほうが強かった。でも、ダニエル・クレイグが映画の中で着ていたブリオーニやトム・フォードのスーツは高価で手を出せそうにない。だけど、より自分の体型に合ったサイズ感のスーツを手に入れたいのと、ディテールにもこだわりたいから、既成のスーツではなく、オーダーメイドで作ることにした。

これまで既成のスーツばかり着ていたからテーラーの選定には頭を悩ませた。ウェブ検索するとスーツ2着で5万円前後を謳う広告がたくさんヒットする。でも、それらのスーツに使用される生地のほとんどがポリエステル100%か、その他素材との混紡。スーツ代を少しでも安く抑えたい場合は、こんなお店も選択肢のひとつかもしれないが、化学繊維を含んだ生地で満足できるなら、わざわざオーダースーツを仕立てなくても既成品でいいんじゃないか?というのが僕の個人的見解。


やはり、最低限のスーツの定石は押さえておきたい。オーダーメイドで作るなら生地は少なくとも素材の代表格であるウールを外せないだろう。そんな僕の持論に近い気概を感じさせるテーラーでのスーツ作りは生地を選ぶことから始まった。インポート生地の色艶や風合いは魅力的だった。しかし、初めてのオーダースーツには少し敷居が高い。とりあえず今回はテーラー推奨のエントリー生地コレクションから選ぶことにした。侮るなかれ、それでもウール100%のクオリティ。色はダークネイビーのシャドーストライプ。ただ、名刺を二枚並べたほどの大きさの生地サンプルの中から好みに合う生地を探さなければならなかったので、バンチブックで見た時とスーツに仕立てられた後の印象に差が生じないかが心配ではある。

気がかりと言えば採寸も同じ。今回利用したパターンオーダーは、メジャーでの採寸が終わるとゲージと呼ばれる採寸専用のスーツを着用してさらに補正を加えていく流れ。袖丈や着丈には適正とされる長さがあるらしく、そこは店員さんに尋ねればアドバイスをくれる。ただ、パンツのわたり幅とジャケットのウエスト調整に関しては、各自の好みが分かれるようなので自分の意思を明確に伝えなければならなかった。そのやり取りがビギナーにはなかなか難しい。オーダーしてから数日経ったが、イメージ通リのサイズ感でスーツが仕上がってくるのか?との不安で頭の中はいっぱいである。

とはいえ、ディテールにこだわれるのがオーダースーツの大きな魅力。僕は英国調のトラディショナルなスタイルのスーツが欲しかったから、釦とウエスト位置が高めのハウスモデルをベースに選び、それにチェンジポケットを付けて、ベントはそのシルエットに合わせてサイドベンツを選択した。袖ボタンは5つまで付けられるとのことだったが、そこは釦4個を重ねずに並べる伝統的スタイルで。パンツはベルトレスで履きたいので、スーツ発祥の地イギリスのスタンダードにならってベルトループ無しのアジャスタ仕様とした。僕が今度のスーツに求めた要素は、カッコつけた言い方をすればブリティッシュ・トラディショナルにおける基本の踏襲。ほとんど趣味の世界。

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これほど真剣にスーツと向き合ったのは、自宅近くの国道沿いにあったスーツ量販店を社会人になる直前に訪れて以来かもしれない。そのとき選んだのも確か濃紺のスーツだった。生地も心も、もっと青かったけど。ただ、テニスンの詩に言葉を借りれば、多くのものが奪われたとはいえ、まだ残るものは少なくない。新たなネイビーのスーツが完成するのは初秋の終わり。今からその日が待ち遠しい。




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