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チップ対決

※この記事は、大多数の方にとって不愉快な内容となっております。ご注意ください。


アンドレアが突然、ピザ屋でデリバリーのアルバイトを始めた。
いつもの仕事をこなし、さらにバイトを終えて疲れ切っているはずの日本時間午前6時。ビデオチャットが繋がるや否や、彼は、
「ねえ、見てよこれ」と、皿のようにした手を嬉しそうにインカメに近づけた。手のひらには大量の小銭が乗っている。


※この記事は、日本人の僕とイタリア人の友人アンドレアがイタリア語で交わした会話を、日本語に訳したものです。
ほぼ会話のみで構成されているので、どちらの発言であるかを明確にするため、僕の台詞にはL、アンドレアの台詞にはAを、「」の前に付けてお送りしたいと思います。


L「4時間のバイト代にしては少なくね?」

A「違うよ、これはバイト代じゃない。チップなんだ」

L「...チップにしては多くね?」

A「全部の配達先で貰ったんだ」

L「...すげぇな、どんな手使ったの?」

A「使ったのは手というか、顔だね」

L「...へぇ。客は全員女だったんだ」

A「ううん、男もいたよ」

L「...男も、"顔" で?」

A「いや、男だった場合は、釣りを出すのに手間取る振りをして、『もういいから、取っておいてください』って言うように仕向けたり...」

L「思いっきり "手" 使ってんじゃねーか。しかも、めちゃくちゃ... こういうの何ていうんだろ...? さもしい?」

A「金さえ貰えれば手段なんかどうでもいいんだよ。それに、小者感が半端ない君にそんなこと言われたくない」

L「は? ちょっといっぱいチップ貰ったくらいでいい気になるなよ。コロナ禍の銀行で検温のバイトした*ときのこと、覚えてる? お前は何も貰えなかったけど、僕は知らないおじいちゃんにジェラート買ってもらったり、通りすがりのおばあちゃんにパニーノ貰ったりしたもん。しかも彼女、その次の日も僕にサンドイッチを届けるためだけに銀行に来てくれたんだよ。人から特別な計らいを受けるには、なにも顔面がアドニスみたいである必要なんてない。言っておくけど、だったら僕の方がお前より得意だから」
*当時、僕は滞在許可証所持の上イタリアで暮らしていましたので、合法労働です。

A「でも、君はいつも現物を貰うだけで、現金を貰ったことはないよね」

L「バカだな、『金を欲しがるのは勘定の支払いをする人間だけ』だって、誰かが言ってただろ。僕には金なんか必要ないんだよ。いつも誰かが払ってくれるから」

A「『誰か』って、俺だな」

L「...まあ、そうだけど。でも、ほら、元カノ敦子と付き合ってたときも、あいつが出してくれてたし。何でだかわかるか?」

A「君に経済力がないから」

L「今はそうかもしれないけど、あのときはちゃんと母さんから小遣い貰ってたよ! 金は持ってたけど、奢ってくれてたの! 何でだと思う?! お前が僕のために金を払ってくれてる理由を言えばいいんだから簡単だろ!」

A「...それは二人の関係性がそういう感じだから。俺も敦子ちゃんも君の世話係的な...」

L「じゃぁ何で世話してくれてんの?」

A「...まぁ、なんだかんだ言って、放っておけないからね」

L「そう。それが僕の資質なんだよ。結局、お前は僕がかわいいんだ」

A「...急に何を言い出すんだ」

L「三か月後にチップ対決をしよう。資本としては顔よりも愛嬌の方が優れていることを思い知らせてやる」

240613