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【パロディ】エンデカメロン_(習作)バレなきゃいいんだよ
(約3,500文字)
※この物語は、ジョヴァンニ・ボッカッチョ『デカメロン』「第一日第四話」のパロディです。
内容が非道徳的かつ卑猥ですので、ご注意ください。
Crimini non scoperti non son crimini.
Andiamo a mangiar qualcosa a Rimini!
Dio ci offrirà una bellissima cena.
Non accettandola lui poi ci mena.
(日本語訳)
バレてない犯罪は犯罪じゃない。
リミニへ何か食べに行こう!
きっと神様が素晴らしい夕食をご馳走してくれる。
断ったら殴られるぞ。
昔々、「服従、清貧、純潔」を戒律とするベネディクト会のとある修道院に、ちょっと背は低いけれど、機転が利き、恐ろしく頭のいい若い修道士が住んでいました。
ある日の昼下がり、他の僧侶たちがシエスタをしている隙に、若い修道士は修道院を抜け出し、散歩に出かけることにしました。
地面に生えている草を結んで罠を作り、通りかかったやつを転ばそう!と、意気揚々と近所の原っぱへ行くと、先客がいました。
とても可愛らしい、若い女の子が、お花を摘んでいたのです。
彼女を見た瞬間、若い修道士は、体の中心より下の部分に炎が燃えるのを感じました。
カッチーニ作曲『アヴェ・マリア』の33~40小節目(こちらの動画でいうと1:47~2:16)を聞いたときに感じるような、甘く、しかし、激しい炎です。
修道士は娘に歩み寄り、声をかけました。持ち前の紳士的素養を前面に押し出し、話術を駆使して仲睦まじく打ち解けます。そして、彼女を修道院の自室に連れ込むことに成功したのでした。
男女二人、白昼、狭い部屋にこもり、あんなことやこんなことをして楽しんでいると、シエスタから目覚めた身長193センチの修道院長が、若い修道士の部屋の前を通りかかりました。中からは床を蹴る音や、変な声が聞こえてきます。訝しく思い、戸口に近づいて聞き耳を立てると、なんと、聞き覚えのある男の声だけでなく、女の子の声まで聞こえてくるではありませんか!
修道院長は、腕力にものを言わせて扉をこじ開け、いつもの調子で「君はいったい何をやっているんだ!」と、怒鳴りたい気持ちに駆られましたが、ふとある考えが頭をよぎると、音を立てないよう踵を返し、いったん自室に戻ることにしました。そして、若い修道士が自ら姿を現すのを待つことにしたのです。
一方、部屋の中で娘と異種格闘技戦に興じていた若い修道士は、過去に嗜んだ空手が、もとい、かつては "トールのハンマー" と称賛された右足の蹴りが、娘の合気道に全く通用せず苦心してはいましたが、シャバにいたころはスリだった彼が、足音がすれば、たとえかすかな音であったとしても、聞き逃すはずがありません。
そこで、外の様子を確認しようと、修道院にブチ込まれたその日に開けた偵察用の節穴を覗き込むと、去っていく修道院長の背中が見えたのでした。
やべぇ、女の子を連れ込んだことが多分バレた。
これは三カ月間外出禁止程度じゃ済まないぞ...
由々しき事態に思わず泣きそうになりましたが、女の子に組手で負けた上に泣き顔まで見られたのでは男が廃ります。そこで、若い修道士は考えを巡らせ、いいアイデアを思いつくと、娘に言いました。
「女の子をあんまり遅くまで引き留めておくわけにはいかないから、今日のところはこれくらいにしておくということで。空手と合気、どっちが上かを証明するのはまた今度な。あんたが誰にも見られずここから出られるよう手筈を整えてくるから、ちょっとここで待ってろ。すぐに帰ってくるから、おとなしく、物音を立てずにいい子にしてて」
娘が頷くのを見届けると、若い修道士は自室を出てドアに鍵をかけ、修道院長の部屋へ向かいます。そして、ノックもせずに中へ入ると、「他人の部屋に断りなく入るなといつも言ってるだろう!」と怒鳴られる前に、口を開きました。
「院長、今日の晩飯を作るのに必要な薪がもうありません。今から僕が森に行って取ってきましょう」
そして、自室の鍵を彼の鼻先に突きつけます。ここでは、外出の際、部屋の鍵を修道院長に預けるのがルールなのです。
院長は、
「ありがとう」と言って、意味ありげに微笑み、突きつけられた鍵を受け取りました。そして、若い修道士の姿が見えなくなると、彼は自室を出て、修道士の部屋へと向かいます。
今日という今日は許さない。彼の悪事をしっかり調べ上げて、然るべき罰を与えてやる。
そう意気込み、若い修道士の部屋の扉を開けた、刹那。想像通り若い娘の姿が、しかし、想像以上に新鮮で活きのいい女の子の姿が、目に飛び込んできたのでした。
信じられない! もしかしてとは思ったけど、まさかここまでとは...! すごい上物を釣り上げたな!
修道院長は、若い修道士よりも12才年上でしたが、体の中心より下の部分に、彼に勝るとも劣らないレベルの炎が燃えるのを感じました。そして、心の中で、自分相手にマシンガントークを繰り広げます。
なんて若くて綺麗な女の子なんだろう! あの忌々しいクソガキを罰することはいつでもできるけれど、こんな機会は滅多にあるものじゃない。ここに絶世の美女がいることを、誰が知っているというんだ。誰も知らないだろう。俺がこの娘とあんなことやこんなことをしたって、誰にわかるというんだ。誰にもわからない。誰も知らず、誰にもわからない罪が、果たして罪だと言えるだろうか。というか、神が据えた膳を口にしないなんて、逆に罰当たりだ。よし、口説こう!
修道院長は、もはや何のためにここへ来たのかなど、覚えてはいません。
37歳になった今でも24歳のときと変わらない、むしろ、そのころには無かった成熟した男の魅力で娘をなびかせ、より低く深みを増したバリトンボイスで思っていることいないことを並べ立てて、慣れた手つきで彼女の心を掴みます。
程なくして、修道院長は娘に幾度も優しく口づけし、その合間に耳元で甘い言葉をささやき始めました。しかし、どんなにロマンチックな状況になっても、彼が100キロ近い自分の体重を忘れることはありません。院長は娘を自らの胸に乗せ、抱えたバラの花を慈しむように何度も彼女を抱きました。
...さて。それを件の節穴から、こっそり覗く男が一人。森に出かけたふりをした、若い修道士です。
彼は若干気持ち悪くなりながらも、"Tutto secondo i miei piani." (こちらの動画でいうと00:53~00:56)と、口角を上げました。
そんなことには気付きもしない修道院長は、楽しむだけ楽しんだのち、自分の部屋へ。しばらくすると、若い修道士の声が聞こえてきました。
修道士が森から帰ってきたと思い込んでいる院長は、彼を捕まえ、叱責し、罰として地下倉庫へ閉じ込めようとします。その後でまたゆっくり彼女と楽しむつもりでいるので、時々不意ににやけそうになりましたが、厳粛な面持ちをどうにか保ち、他の修道士を呼びつけ、若い修道士を連行するよう命じました。すると、若い修道士は、先輩修道士から腕を掴まれる寸前に、口を開きます。
「ごめんなさい。僕はベネディクト会に入ったばっかりだから、ここの規則をまだ覚えきれていなくて... 日々の勤めや断食を何よりも上にすべきことは知っていたのですが、女の子を上にするということは知らなかったんです。でも、今教えてもらったので、もう二度と同じ過ちは犯しません。これからは院長がしていたようにやります。ラリアットからのバックグラブで、次こそは空手が合気道よりも上だということを思い知らせてやる...!」
それを聞き、賢くはないけれども馬鹿でもない修道院長は、自らの行為を見られたことから相手が自分よりも聡明で抜け目のないことまで、全てを悟ると、若い修道士を許し、「口外したらどうなるかは分かっているな」と脅すと、娘を誰の目にもつかないよう、こっそり家に帰しました。
その後、二人はことあるごとに娘を修道院に呼び戻したとか、呼び戻さなかったとか...
エンデカメロン_(習作)バレなきゃいいんだよ
了
参考書籍:
ALDO BUSI riscrive il DECAMERONE di Giovanni Boccaccio [BUR Rizzoli I GRANDI CLASSICI RISCRITTI]
デカメロン【上】 ボッカッチョ/平川 祐*弘 訳 [河出文庫]
(*正しくはへんが「示」でつくりが「右」)