【パロディ】神曲_⑨カッチャグイーダの予言
(約3,600文字)
天国篇 第17歌より
Tu proverai sì come sa di sale.
Cibi salati mi piacciono, esempio:
cracker, pizza anche senbei mica male!
(日本語訳)
どれだけ塩辛いかを、お前は味わうだろう。
しょっぱい食べ物、好き。例えば、
クラッカー、ピザ、煎餅も悪くないね!
僕はダンテ。恐ろしく頭がいいです。
しかし、天は二物を与えず。僕には満足なIQも身長も強健さも備わっていません。
そのせいか、それとも新年早々神仏を冒涜したせいかは分かりませんが、先週日曜日の午後から体調不良地獄で苦しみ、今朝、地蔵菩薩に救われて、やっと現世に戻ってくることができました。
とはいえ、喉元過ぎれば熱さを忘れる。僕は自分の行いに対して反省も後悔もしていません。
そんなわけで、今回も元気に『神曲』を冒涜していきましょう!
*****
僕はダンテ。
レテ川とエウノエ川の水を飲み、天国へ上る準備を終えたところです。
ベアトリーチェは、川のほとりで僕を待っていました。彼女は太陽を仰ぎ、僕は(建前上)愛しの人を見つめたまま、天国の第一天、月天へと向かいます。
天国は、宇宙へと広がる九つの天から成ります。その頂点には至福に浴する魂が住まう至高天があり、そのさらに上に天使や神がいるのです。
月天に上ると、一人の女性が、キラキラした目でこちらをじっと見つめてきました。僕に話しかけたそうにしてんな...と思っていると、案の定、彼女は口を開きます。
「ダンテ! あなたよね? 私はピッカルダ・ドナーティ(←リンク先は英語版)よ!」
...ぁあ、ピッカルダ!
彼女のことはよく知っています。というのも、ピッカルダは僕の長年の政敵、コルソ・ドナーティ(←英語版)の妹...いや、姉だったか...?
とにかく、コルソのきょうだいだから。
フィレンツェにいたとき、彼女とは何度も会ったことがありますが... 今、目の前にいるピッカルダは、僕の記憶の中の彼女とは異なり、なんというか... まばゆく輝いて見えます。とはいえ、別に、生前は死んだ魚のような目をしていた、などと言っているわけではありません。
それを察してか、ピッカルダは微笑み、言いました。
「ここ、天国では、至福を浴することによって、生きていたころよりも美しくなれるのよ。生前、とても苦しい状況に置かれていたとしても... わたしは修道女になるための誓いを立て、修道院に入りたかったのだけれど、兄のコルソに無理やり政略結婚させられてしまったの。私は若くしてあの世を去り、今、ここにいるわ」
それからしばらくのあいだ、僕はピッカルダと話し込みました。在りし日を懐かしみ、フィレンツェでの暮らしに思いを馳せます。
その後、ベアトリーチェと共に、第二~四天の、水星天、金星天、太陽天を通り、なんだか天ぷら(海老天)が食いたくなってきたころに着いた第五天、火星天では、神の教えを護るために戦った魂たちがフォーメーションを組み、光り輝く十字架を作り出していました。そのうちの一人が自らの持ち場を離れ、僕に言います。
「おお、私の分枝よ。私はお前の根だったのだ」
彼の名前は、カッチャグイーダ(←リンク先は英語版)。僕の生まれる百年以上前、十字軍に参加し、聖地で亡くなった騎士で、中西...じゃなかった、アリギエーリ家のご先祖様なのです。
自分の中で、十字軍は出来損ないの集団というイメージがあり、その中の一人が自らの先祖だと思うと、妙に納得してしまいますが、僕はあえて何も言わず、彼が二の句を継ぐのを待ちました。
「私は、公正で誉れ高きフィレンツェで、市民同士がお互いに信頼し合う時代を生きた」
「へぇ。今じゃ見る影もないですけどね。この前行ったらジェラート2フレーバーで6ユーロでしたよ。ぼったくりだろ」
現に(?)、カッチャグイーダの死後、市民戦争がフィレンツェに混乱を招き、良心の咎めを感じない政治家たちは同市に憎悪と堕落をもたらしたのです。
カッチャグイーダは真剣なまなざしで正面から僕を捕え、言いました。
「ダンテ、お前に悪い知らせがある。私には未来が見えるのだ。数年後、お前の政敵グループ(黒党)が党派闘争に勝利する。お前は虚偽の告発によってフィレンツェを追われるのだ。そして、ヴェローナ領主、最も今はまだただのガキだが、カングランデ・デッラ・スカーラ(←リンク先は英語版)の住処が、お前の最初の隠れ家となるだろう」
チェスにおいても白党の僕は、驚きのあまり目を見開き、言いました。
「ヴェローナ大好き! 夏になったら野外オペラ観に行こうっと! あ、でも、その前にピザ食わなきゃ! アレーナの近くにあるピッツェリアが最高なんだよ」
カッチャグイーダは、それを聞かなかったていで確言します。
「困難がお前を待っている。そう、フィレンツェのパンとは異なるそれを食べる悲しみを、お前は味わうことになるだろう」
「あー、ね。確かにトスカーナ風パンは美味いけど、ヴェネト州の飯だって美味いから大丈夫」
カッチャグイーダは、僕の言葉を無視して続けます。
「自分の家のものではない階段を上るのは、何とつらいことか」
「僕の足はウェルのみたいに、ちょっとやそっとでバラバラになったりしないから平気。クイーンズタワーB棟の28階まで、階段で上ったこともあるんだ」
人の話を全く聞かないカッチャグイーダは、さらに続けます。
「だがしかし、お前の同郷人を憎んではいけない。なぜなら、お前の名声は彼らがお前に科した罰よりも永く続くからだ」
僕はこの言葉を耳に留めたまま、ベアトリーチェに案内され、巨人ゴリアテを倒した王ダヴィデや、まだキリスト教信者が迫害され、コロッセオの猛獣に貪り食われていた時代に、信仰の自由を許した皇帝コスタンティヌスなど、正義に満ちた統治者の魂が住む第六天、木星天へと上ります。
ベアトリーチェに質問するため彼女の方を向くと、あまりに美しい顔に浮かぶ真剣な表情が目に飛び込んできて、僕は動揺してしまいました。(建前上)愛しの人は言います。
「微笑みかけてあげたいけど、それは無理。だって、私の美しさは、上へ行けば行くほど、より輝かしいものになっていくのよ。私が微笑んだら、まぶしすぎて君は灰になっちゃう」
...相変わらずすげぇ自信。
微笑んだだけで、灰に... 物理的にか精神的にかは分かりませんが、僕が何かやらかす度に半端ないヤキを入れてくるこいつです。物理的に灰にすることなんて、いとも簡単にできそう。
でも、僕はアセクシャルだから、心まで自由にはできないはず。ただ、人間対しては性的欲求を抱かないものの、それ以外の、特定のものに対しては持ち合わせているんだよね... 彼女はもう "人間" ではないから、あるいは...?
そんなことを考えていると、ベアトリーチェが とある方向を指し示します。そこには黄金の階段が、太陽の光にきらめき、終わりが見えないほど高くまで続いてしました。
静寂の中、光り輝く魂たちがその階段を上っていきます。
ベアトリーチェが微笑まないのと同じ理由で、誰一人として、その中に歌う者はいませんでした。さもなければ、ただの人間である僕の劣った感覚は、天上の音楽の比類なき美しさに打ちのめされ、僕自身を殺してしまうでしょう... というか、カッチーニのアヴェ・マリアなどを歌われようものなら、公衆の面前で、死よりも恐ろしい事態が待ち受けています。お気遣い本当にありがとう。
そんなことを思っていると、ベアトリーチェが、魂たちのあとに続くわよ、と、身振りで促します。そして、僕たちは、速く、高く、光の中を飛びました。
ベアトリーチェが囁きます。
「君はもう、神様のすごく近くにいるんだよ。でも、旅を続ける前に... 下を見て」
彼女に従うと、僕の足の下、はるか遠くに、ラムネのビンの中に入っているビー玉のような地球が見えました。
こんなにも美しく、小さく、あまりにも微笑ましくて、思わず笑みがこぼれます。そして、僕はベアトリーチェの美しい目に視線を移しました。
さぁ、最後の旅が始まります。
【パロディ】『神曲』第九章 カッチャグイーダの予言
了
参考書籍:
Classicini La Divina Commedia (Gisella Laterza) Edizioni EL
トップ画像:フィレンツェ郊外で食べたトスカーナ風パン。美味いけど、僕はプーリア州のアルタムーラ(←リンク先は英語版)の方が好きだ。