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【パロディ】神曲_⑥煉獄への道で

(約3,400文字)


煉獄篇 第1歌より
Or ti piaccia gradir la sua venuta:
va conquistata libertà. Catturo
ad ogni costo, anche se Dio non mi aiuta.

(日本語訳)
よく来たねぇ。
自由は獲得するもの。捕まえてやる、
どんな犠牲を払ってでも。たとえ神が助けてくれなくても。


僕はダンテ。
正月二日目。年末年始に食べ過ぎて、腹が痛くて死にそうですが、そんなのは想定の範囲内。今日も元気に...あんまり元気じゃないけど、夕飯が食えなくて暇なので、明日、三が日最終日に投稿する予定だった、年末に予め書いておいた煉獄篇一発目を投稿してしまいましょう。

*****

僕はダンテ。
ウェルギリウスことウェルと共に地獄の旅を終え、再び星空を見上げたところです。

さて、今、僕たちは煉獄山れんごくさん(←『鬼滅の刃』のキャラ、煉獄杏寿郎とは一切関係ありません)の麓にいます。

煉獄れんごく

煉獄山はその名の通り、あの世の二つ目の国であり、死者の魂が天国へ行く前に清めを行う場所、煉獄にそびえる山です。
その背景には、蒼玉色の空。思わず見とれ、笑みがこぼれます。

ふと視線を下げると、一人のおじぃちゃんが近づいてくるのに気がつきました。胸に届く長い顎鬚には白いものが目立ち、ゆっくりと、しかし、しっかりとした足取りで、こちらに向かって歩いてきます。
僕たちのところへ来ると、おじぃちゃんは言いました。
「お前たちは誰だ? 深淵の法が犯され、地獄に落ちた者が煉獄山を訪れることができるようになったのか?」

ウェルは敬意を込めて頭を下げ、口を開きました。
「あなたもご存じの通り、自由とは尊いものです。ダンテはその自由を求めているのです。お願いです。どうか俺たちを通してください」

このおじぃちゃんは、かの有名な(?)、古代ローマ時代を生きた賢人、カト
彼はカエサルが戦いによって権力を握り、独裁者となったとき、「誰が独裁者なんかに従うか、ばーーーか」と、共和国の名のもとに、自ら命を絶ったのでした。
そのため、ウェルの言う通り、彼にとっては自由が全てなのです。

ところで、本編とは全く関係のない話ですが、僕はIQが85しかないせいか、単語を構成するアルファベットを順番通りに認識できないことがよくあります。
例えば、この上の段落の『権力を握り』という部分は、イタリア語で "aveva preso il potere" となっているのですが、僕の脳は、"presoプレーゾ(得た)" を "persoペルソ" と認識してしまうのです。
これは由々しき事態です。なぜならば、"persoペルソ" が、何の意味もなさない文字の羅列であれば、すぐに間違いだと気づけるのですが、これは、まずいことに、なんと「失った」という、「得た」とは正反対の意味を持つ単語なのです。そのため、勘違いしたまま読み進めると、どうなるかは明白で、翻訳なんてしようものなら、とんでもない誤訳が完成してしまいます。
僕は毎日、リアルウェルに音読をさせられており、当然、この Classiciniクラッシチーニ版『神曲』も全編朗読しました。
その際、「ローリス、"persoペルソ" じゃない、"presoプレーゾだ。君は一体いつになったらちゃんと読めるようになるんだ。わざとやってるのか?」と注意されたにもかかわらず、パロディを書くために同じ部分を読み返していた今も"persoペルソ" と読んでしまい、とんでもねぇ訳文を作るところでした。

...さて、低IQ苦労話はこの辺にして、先へ進みましょう。

そんなわけで、おじぃちゃんはウェルの話を聞いて納得し、僕たちは再び歩き始めます。そして、眩い黄金の朝日が差すころ、誰もいない海岸へ辿り着いた、そのとき。櫂で漕がないタイプの船が接岸したのでした。というか、漕ぐ漕がないの問題ではなく、船は水面に触れることなく、水の上を滑るように飛んでいます。
舳先には、汚れた心を持つ僕には直視できないほど光り輝く、一人の天使が立っていました。

船は僕たちの目の前に着き、煉獄へ行くいくつかの魂たちを降ろして、元居た場所へ戻っていきます。
そのあとも、僕はウェルの隣を歩き続けました。海岸に延びる影が、自分のものだけだと気づく、その瞬間までは。
え? なんで? なんで影が一つだけしかないの? と思い、ウェルのほうに目をやりますが、彼は、ちゃんとそこにいます。

「戸惑わなくていいんだよ」
ウェルは優しく言いました。そして、続けます。
「俺は幽霊だからね。体も影もないんだ。でも、いつも君と一緒にいるよ」

...これはあれです(?) 台詞後半は、僕が日本で逆ホームシックを発症したときにリアルウェルがいつも言うやつです。
だから寂しくないだろ、と続けたいのでしょうが、そんなわけあるか、といつも思うのです。"離れていても一緒にいる" って、ロジックが崩壊してんだろ。何の慰めにもなりません。
僕はそう思っていても、もし、あいつが僕より先にこの世を去る日が来たら...

「俺は幽霊だからね。体も影もないんだ。でも、いつも君と一緒にいるよ」

...いかにも言いそう。だったらもう、先のことは考えず、やりたい放題に今を生き、あいつより先に死のうと思います(?)

...まぁ、それはともかく、僕たちは岩の間を縫う小道を進み始め、魂たちの隊列とすれ違います。その中に、物憂げな男が見て取れました。光る鎧に長身を包み、黒い顎髭を蓄えています。
彼は、ボンコンテ・ダ・モンテフェルトロ(←リンク先は英語版)。
僕は、生前の彼に会ったことが...もとい、カンパルディーノの戦い(←リンク先は英語版)で、彼と戦ったことがあります。
あのとき、僕はフィレンツェの騎兵として戦闘の最前線にいました。一方、彼はアレッツォのために戦っていたのです。そう、我々は敵同士でした。
戦争の恐怖と勝利の興奮は今でも鮮明に覚えています。
ボンコンテは戦いのさなか、命を落としました。最も、誰によって打たれたのか、僕は知りませんが。

「一体お前に何があったの? どうしてお前の亡骸は見つからなかったんだ?」
僕は、ボンコンテに聞きました。

「戦いで傷を負ったあと、私は川へ辿り着いた。そこで聖母に祈りを捧げ、目を閉じたんだ」
ボンコンテは答え、続けます。
「すると、天使と悪魔が現れた。両者が私を連れて行こうとし、悪魔は天使に言った。『一度祈ったくらいでこいつを救うのか? お前が魂を取るのなら、せめて体は俺が貰う!』...そして、私は悪魔によって川に投げ込まれた。だから、私の死体が見つかることはなかったんだ」

ボンコンテが黙り込むと、他の魂が近づいてきます。それは、一人の女性の魂でした。

「...あんた、誰?」
僕は、彼女の甘美な瞳に心を打たれつつ、尋ねます。もはやボンコンテのことなんかどうでもよくなってしまいました。実は意外と一目惚れ厨なのです。

「わたしはピーア・デ・トロメーイ(←リンク先は英語版)。シエナに生まれ、マレンマ(←リンク先は英語版)で生涯を終えました。わたしに指輪をはめた男性が、わたしを殺めたのです。夫、ネッロ・パンノッキエスキ(←リンク先はイタリア語版)は、貴族かつ要人でしたが、暴力的で冷酷な人でした」

Femminicidioフェミサイド... あってはならないことですね」
心を痛めた僕は断言し、そして、リアルウェルよろしく続けます。
「あなたのために、何かしてさしあげたいのですが...」

しかし、ピーアは僕の言葉を優しく遮りました。
「あなたが家に戻られたとき、わたしのことも覚えていてくだされば、それで十分です」

彼女が物寂し気な様子でふらりと去っていくと、他の魂たちが、話を聞いて欲しそうな雰囲気を前面に出しながら、僕を取り囲みます。
他人の不幸は蜜の味かつ創作のネタ(?)。
そんなわけで、僕は全員の話を聞いてやることにしました。

そうこうしているうちに夜の帳が下り、僕たちは休むことに。
こうして、僕はまどろみの中で夢を見て、やがて眠りについたのでした。


【パロディ】『神曲』第六章 煉獄への道で


参考書籍:
Classiciniクラッシチーニ La Divina Commedia (Gisella Laterza) Edizioni EL