SDGsがなんだ
私は、飲食店でバイトをしている。たくさんのお客さんと接客をする。たくさんの料理を運ぶ。そうして、バイトが終わる。
これは、ある日のことである。いつものように店は閉店し、締め作業をしていた。そして、いつものようにゴミを捨てに行った時であった。たくさんの食べ物が廃棄されているのを目の当たりにした。しかも、それは手がついていない食べ物であった。食べることが好きな私にとっては、「食べたい!」という欲しか湧いてこなかった。肉、野菜、ショコラケーキ…全部美味しそうだった。そこで、私は社員の山田さんに聞いてみた。
「あの廃棄食べたいです!今度廃棄が出たら食べましょう!」
すると、山田さんは、
「廃棄は食べちゃダメだ。廃棄を食べれるとなったら、わざと多く仕込んで廃棄を出す人が出る。だから、会社の決まりで食べさせちゃいけないことになっているんだ。」
私の中では、意外な返事であった。捨てるぐらいなら食べたほうがいいと思っていたからだ。しかし、それと同時に、フードロス問題について深く考えるようになった。なぜ、廃棄を食べちゃいけないんだろう。ゴミを捨てるのにもお金がかかるらしいのに、わざわざゴミを多くしている。まして、廃棄の食べ物は食べれるものである。フードロス問題は、SDGsの一つだ。日本にだってホームレスや、ご飯を食べるお金を稼ぐのもやっとの人だっているのに目の前で捨てられていく食べ物がある。矛盾しか感じなかった。そこで私は、店長の佐々木さんにも尋ねてみた。
「なぜ、廃棄を食べちゃいけないんですか?僕らが捨てる廃棄の食べ物が、どれだけの価値があるものかわかっていますか?」
「廃棄を食べさせたいのはやまやまだが、食べさせると俺の首がとんじゃうんだ。」
「店長は、フードロスのことを考えたことがありますか?」
「廃棄って言っても、お客さんに提供する予定だった食べ物だろ?売るためにやってるんだぞ。つまり、食べることは窃盗に値するんだ。それを簡単には、あげれないよ。」
私は、本当に納得がいかなかった。目の前で捨てられる大量の食べ物でどれだけの人が助かるのだろうか。私の街にだってホームレスがいる。その人たちにあげたら、どれだけ、喜ばれるのだろうか。きっと、社会のシステムでは、拾いきれなかった人たちがホームレスになってしまう。大学の教授も、ホームレスのいない国などないと言っていた。人間は、誰でも簡単にホームレスになりうると言っていた。当事者の責任問題では、片付かない問題。そんな問題が日本にもあって、世界ではもっともっと深刻な飢餓問題があるにもかかわらず、私の身近なことですら、ちょっとも貢献することができない。
そして、私には、こんな考えが浮かんだ。社員さんたちは、会社の利益のために、この矛盾に満ちた廃棄に関する規則を守っている。確かに、多く仕込んで、多く廃棄を出すアルバイターが出てもおかしくはない。でも、仕込み量の管理を社員がすれば簡単に解決できる。そして、それでも必ず出てしまう廃棄を食べたり、あげたりすればいいだけだ。それなのに、利益のため、損失を出さないためにしか、行動していない。私たちは、資本主義経済の中で生きているので、競争があるには当然だし、利益を求めるのも当然である。店長として、店の売り上げを出し、昇給したいのも当然のことだ。でも、それで、廃棄を捨てるのは、絶対に矛盾している。結局は、資本主義に支配されているとしか考えられない。私たちが資本主義をコントローしない限り、SDGsなんて言ってられない。SDGsがなんだ!結局、目の前の問題ですら、解決できないのか。
ああ、この廃棄で焼肉弁当20個は作れるだろうな。20人の笑顔が見れるだろうな…。