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『やらない』を決める大切さ
会社の中でよく言われる『やらないことを決めよう』って話。
改めて、それってすごく大事なことだなって思うのです。
『やらないを決める』という作業の効果
やらないことを決める、って秒で決まるものよりも、考える時間が発生するものの方が多くありませんか?
やってるパズルが難しくて『もうやめた!』って投げだす感じとは、やらないことを決めるのって違うなぁと思うのです。
意外と、やらないって即決できない理由があったり、止めていいのかなーって悩んだり、ってことが多い気がします。
(わたしの場合は)
例えば、最近やめたこと
日用品の買い物※
洗濯物を干すこと(乾燥機に任せることにした)
洋服を畳むこと(ハンガーにかけることにした)
わかり合えないクライアントとの取り引き※
コンサルから指示されたこと※
↑これだけ見ると、ヤバい人になってしまうので、※の3つは解説してみます。
・日用品の買い物
▶手放したこと
Amazonで犬のごはん・トイレシート、お米、ティッシュ、トイレットペーパー等々、定期便に頼むことに。
ストックをすべて1つずつ用意してるし、余ってれば状況によって配送を遅らせることができるし、かなり便利だった。
▶手放せたもの
買い物の手間。
どれ買うかと悩む時間。
あれがないって慌てることやストレス。
ついでの買い物。
▶手放せなかった理由
その時安いものを買うのがいいという気持ちがあった。
割高な印象があった。
課金の必要性があまり感じられなかった。
買い物って楽しいから行きたい気持ちがあった。
▶手放してみての所感
買い物行った方がついでにあれこれ買ってお金かかってたという悲しき事実。
買い物行かなくても世の中には、他に楽しめることある。
食料品の買い物は行ってるし、日用品買いに行けない悲しみで枕を濡らすようなことはなかった。
手放すの大正解◎
・分かり合えないクライアントとの取り引き
▶手放したこと
案件のディレクターを外れ、一担当者になることに。
稼働時間も半分、給与も半分に。
上げる上げる詐欺だった時給。
▶手放せたもの
無駄な会議。
聞きたくもない自慢話。
ストレス。
いちゃもんしかつけられないタスク。
▶手放せなかった理由
仕事を離れるとお給料減る不安。
自分の代わりに嫌な思いする人が出る不安。
▶手放してみての所感
余白ができたところに仕事は意外と入ってくるもの。
むしろ、大事な人たちのために体は少し空けておくべき。
(このnoteでは毎回余白が出てくる笑)
自分には嫌な態度取ってた人も、意外と後任には気を遣うものだし、どうにかなる。
自分を大事にしてくれない人と一緒にいるのは、自分を大事にしないのと同じ。
他人軸ではなく自分軸で生きるの大事。
・コンサルから指示されたこと
▶手放したこと
コンサルからの宿題。(具体的にはワークシートにある大量のリサーチ)
▶手放せたもの
作業にかかる時間と手間。
苦手なことをやり続けるストレス。
これやって成功しなかったらどうしようって不安。
▶手放せなかった理由
成功した人の言うことだから聞かなきゃダメって呪縛。
ワークシートになることで『絶対やらなきゃ』という思い込み発動。
課金したものは全てやらなきゃ無駄になるという強迫観念。
▶手放してみての所感
人には得意不得意があるし、物事の考え方、捉え方が違うから、コンサルと同じことができるとは限らない。
コンサルの事例にすべてがあてはまるわけではない。
特に、リサーチは得意な人に頼むのも悪いことじゃない。
(ほかの人のビジネスチャンスを作ることになるし。)
※特に、ここでは
自分がやってる作業が意味あると思えないのにはちゃんと理由があったという気付きはけっこうデカい。
自分ができない人間、ダメな人間というネガティブから、一気に視界がクリアになったあの瞬間はすごかった。
行動にブレーキをかけない
やらないを決めることって、結局は行動にブレーキをかけないための行動で、自分のなりたい自分になるための大事なステップだったんだな。
っていう気付きが、今回の一番の収穫。
今まで、やらないことを決めるのは、ただの優先事項の確認や、タスクの整理としか思ってなかったのです。
タスク整理よりも、さらに大きなイメージで指示を出してた上司の方がいたら、本当に申し訳ない限りです。
(たぶんいないから大丈夫だと思うけど笑)
今回、やってみて何を言いたいのかというと、やらないことを決めることって、なりたい自分になるために、何をすればよいかを決めるワークなんだなと。
頭の中に【こうなりたい】って姿はあるんだけど、行動できないのは、勝手にブレーキをかけているわけで。
でも、自分もだけど多くの人が『なんでブレーキがかかってるのか』ってのがわからないんですよね。
感覚的には、目をつむって必死に自転車運転してて、自分がブレーキかけてるから思うように進んでないのに気づかないような状態。
その、ブレーキがかかっている原因の1つが、やる・やらない、やりたい・やりたくない、の整理がきいてないってことなのかな、って気付いたのです。
やらないことを決めるのって勇気がいるけど、ゴールが見えてない状態でも『これはやりたくないな』って思うのは、なりたい自分になるためには不要なタスクなんですね。(たぶん。ひとまず現在の結論。)
あと、やりたくないのか、やらないのか、も考えるのは必要だと思う。
『やらない』の中には、嫌い、苦手だけでなく、好きだけど今は手放す、ってものもあるから。
これからは、やりたくない、やらない、って思ったことは、ひとまず手放してみる。
手放してやっぱり自分でやったほうがいい、って結論になれば、もう一度持てばいいだけなんだし。
そういうわけで、今やりたいと思うことに注力することと、やらないを決めて手放すことに取り組む9月にしようと思っています。
(今月は試練の月だと思ってるから、やりたくないより、やらない、にフォーカスするつもり。)
なんか、その一つひとつのアクションが、素敵なビーズを選んでテグスに通していく過程に似てるな、ってのが今回のカバー写真の選定理由でした。
(このnoteは何気に大事な時間で、読者が少なかろうが手放さないもの。)