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わたしの物語-肩書きではなく、日常の充実を求めてLoohcs 呉文慧の物語-
はじめまして。今月より入社いたしました呉文慧(くれぶんけい)です。
入社してまだ1ヶ月も経っておらず何もわかっていない状況ですが,早速「わたしの物語」を書いていきます。以下、まずは僕の人生をダイジェスト形式でお送りいたします。
Loohcsに関わるまで
兄二人は受験を悠々と勝ち抜き,中学校から慶應に入学。そのため小学生の僕は「オレだけ慶應に落ちたら家や外に居場所がない!」というプレッシャーを暗に/明に感じ、好きでもない知識を詰め込む日々を過ごしていました。
受験をやめると言ったり、家出したりを繰り返しながら、とうとう迎えた合格発表の日。辛い日々は終わったこと、そして努力が報われたことを知りました。
同時に、僕は燃え尽きました。「慶應に入れた。もう二度と勉強しなくていいんだ…」と安心したことをよく覚えています。
中高では全く勉強せず、合唱部で歌を歌ったり、バンドでドラムを叩いたり、ゲームやアニメに熱中したりと遊び呆けていました。今思えば、僕に辛い思いをさせてきた勉強に対して無視するという方法で復讐していたのでしょう。
大学はもちろん慶應義塾大学。学部は環境情報学部を選びましたが、特にやりたいことがあったわけではありませんでした。ミュージカルサークルと合唱団に所属し日々歌を歌うという中高から変わらない日常を過ごしていました。
しかし、なんとなしに履修した教育学の授業でこれまでの日々が一変します。そこでは「何かを知ることや、何かができるようになることは喜びに満ちた経験であること」「現代はそれらが競争の道具になっていて、その喜びが奪われがちであること」が語られていました。確かに、僕の3歳の子どもを見ていると何かを知ったり、できるようになったりするたびに、「きいてきいて!」「みてみて!」と心から嬉しそうな笑顔で報告してきてくれます。誰かに競わされずに自由に学ぶことは本当に楽しいことなのです。
こうして僕は教育学に目覚め、環境情報学部から文学部へ入り直します。教員免許を所得して、僕と同じように学ぶことの喜びを奪われた子に「学ぶって楽しいよ!」と伝えたかったからです。あるいは彼/女らの中に過去の自分を見て、自分自身を救いたかったのかもしれません。
文学部を卒業し教員免許を取得した後は、不登校児向けの中学校フリースクールや通信制高校で国語を教えていました。不用意な発言で傷つけてしまったり、逆にさまざまな経験から大人を信じることが困難になっていた子の発言を間に受けすぎて傷ついたりと、彼/女らと過ごした日々からは本当に多くのことを学びました。その経験は今でも大切な宝物です。
同時にもっと教育学の学びを深めたいと思い、大学院に進学しました。そこではよりよい学びや、それを成立させる教師の知恵について研究してきました(僕の研究者としてのキャリアに興味のある方はこちらへ)。
そして去年、長い院生生活の中で帯状疱疹(しかも2回!)になったり、胃が痛すぎて胃カメラを飲んだり(これは3回!)と苦しみながらも、とうとう博士論文を書き上げ、念願の博士号を取得しました。師匠や仲間、そして支えてくれた家族に感謝です。
さらにほぼ同時期、僕はとある大学に教員として採用されます。正統的な研究者としてのキャリアが始まりました。
ところが、人生の難しいところは物語と違ってゴールがないことです。
僕は結婚していて、子どももいて、博士号も取得していたので、正直に言うと大学に教員として就職できた時に「ああ,僕の人生は無事ゴールを迎えたな。」と感じていました。しかし、僕は大学教員、あるいは就職した大学に適性がなく、いろいろなことがあったり、されたり、言われたりする中で適応障害になってしまいました。ゴールだと思っていたものは新しい環境のスタートに過ぎず、そこで繰り返される日常に耐えることができなかったのです。大事なのはゴールに値する肩書ではなく、充実している日常だったことを知りました。
そして大学に行くことができなくなってしまった僕は大学教員生活を終わらせることになります。見送ることができなかった呉ゼミだったみなさんにはお詫びしてもしきれません。
Loohcsに関わったきっかけ
代表の嶺井とは大学時代のミュージカルサークルで出会いました。
お互い教育に関心があったことから、卒業後もちょくちょく連絡を取り合っていました。数回ですが、塾(当時はAO義塾)で講師を務めたこともあります。
細かい時系列は省略しますが、今年に入って嶺井から「Loohcsに興味ない?」と誘われたり、僕から「こんな職場やこんなワークライフバランスで働きたいんだけど,それはLoohcsで実現できる?」とやりとりしたりする中で、Loohcsに入社することを決心しました。まさに「すべての人は主人公」の思想で、僕の大事にしていること――例えば家族との時間を尊重してくれた上で、これまでの僕の経験が活かせることがわかったからです。
働きはじめて日が浅いですが、ここでの日常は充実しています(あるいは充実していきそうな予感)。
ルークスで何をしているか
まだ正直なにもしていないのですが……。
教務としてシェルパ(塾講師)を支えたり、高等学院や志塾のカリキュラムや教材を作ったりするのではないかと思います。機会があれば高等学院で授業もしたいですね。あとはLoohcsのしていることを学界に発信していくことも妄想しています。
ルークスを通じて何をしていきたいか
大きく①学生(生徒)、②若手の学徒、両者のために活動していきます。
学生にむけては講義を通じて直接的に、あるいは教材やカリキュラムを通して間接的に「学ぶことは楽しい」と伝えたいです。もちろん受験に臨む子も多いので競争させられる側面を全て見ないことはできません。
しかしそれでも自分の興味関心を深める学びを支えるシステムや自由な学びの場を用意することを通じて「学ぶことは楽しい」と感じてもらえるように努力していきます。
次に若手の学徒です。特に博士課程まで進んだ人たちを取り巻く学徒たちの就職の状況には厳しいものがあります。まず大学に就職することがかなり難しいですし、就職してもよほど恵まれた大学以外は厳しい労働環境が待っています。そこで僕は大学以外でも学徒が輝ける場があることを、自分自身が生き生きと働くことを通じて示していきたいと考えています。
学びが楽しいこと、大学以外にも学びや学問を真剣に追い求めることができる場があること、そしてどんな個性や考え方を持っていても主人公として尊重してくれる人たちがいること、これらを発信していくことが今後の目標です。
何か興味を持たれた方がいればbunkei.kure@loohcs.co.jpまで。
学びのこと、研究のこと、学校のこと、僕自身に関すること、なんでも大丈夫です。
[今回の記事担当]呉 文慧
慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、同大学文学部人文学科国文学専攻へ学士入学し 、教員免許を取得して卒業。卒業後は通信制高校やフリースクールで教える傍ら、田園調布学園大学大学院子ども人間学研究科(修士 子ども人間学)や神戸大学大学院人間発達環境学研究科(博士 学術)で自閉スペクラム症と関わる教師の実践知について研究を行った。田園調布学園大学講師を経て2024年にLoohcsへ入社。
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