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[掌編] 夜哭き

 遣るかたないむかつきを胃に抱えたまま、街路に出た。おれには才能がないのだ、という諦めの黒インクは、徐々に決定的に、内臓にまでしみ込んでいった。おれはどす黒い内面を抱えたまま、アーティストが次々入れかわり、歌い踊るYouTubeの曲のミックスリストを通して、音楽を聴いていた。おれの内臓のスポンジは、もう外界のものを吸い込む余裕がないのかもしれなかった。だから、より正確には、音楽がただ流れ込んできていたと言える。あえて使い古された比喩を使おう。洪水のように―
 
 ポケットに手を突っ込んで歩く。才能のある奴らは、勝手に認められて束ねられてゆく。音楽は次々流れる。そのうち、どこかで読んだ、「音楽は人間を強姦する」とかいうフレーズを思い出して、イヤフォンをそそくさと外し、歩く。FUCK。くそが。おれは、才能がないけど、自分の内側から湧き上がってくるものを、信じたいと思っていた。そんな時期もあったとか言い訳は自在だ。まあ実際、それは、砂場の砂を掘って石油を掘り当てることと同じくらい無意味な作業だったからね。DAMN。

 とある深夜にだれかと電話をしていた。誰だったかは忘れた。昨日だったか、あるいは二年前の雪の日だったかも確かでない。記憶の領域は、すべてのものが確かでないのだ。彼/彼女はこう言った。
「そんなに本ばかり読んでて、どうするん?」
 ぎくり、という擬音が欲しかった。その通りだと思った。おれにとって、本はひとつの防衛機制だ。不合理な外界に対して積み上げる防塁だ。そしてそれは同時に、空っぽの自分の器に、他人という物語を流し込んでしまう暴力そのものだ。夜の闇に、不定形の怒りが胃を満たした。自分がどうしようもなく空であることに、そして他人を羨んでしまう人間の本能的な醜さに!自己嫌悪ではない。それは自分が自分以前に人間であること、「みんなおんなじにんげんだから」への言いようのない侮蔑のようなもの。おれを括るな。おれを類型に入れるな。おれを束ねるな。おれを―。
 影響された、なんて、言い換えれば暴力を受けたってことだろうが。いくらキレイに言おうと、おれたちはおれたちの汚れと傷と、それから無数の傷跡を肯定しないと生きていけないんだろ、と思う。酒を飲む、脳を傷つける自傷行為。筋トレ、言うまでもなく自傷。労働、これも自傷。自分で意思決定をして、自分で傷を負って、その傷を美化して、物語でパッケージして、くらべて押し付け合って、あらら不思議、人生って厳しくても、美しい!楽しい!生きているって素晴らしい!って事になる。何だ!何なんだ!糞が! FUUUUCCCKKK!
 「おい、おーい!なあ、寝た?」
 おう。いや、寝てねえよ、ちっと物思いに耽っていただけやで。そういうことってたまにあるやん。でも言われたらちょっと眠なってきたな。

ああ、そや、なあ、お前、今、どうやって生きてる?