死魚
戻ることのない夜の一隅に 鈍色の死魚の眼が巨きく
病んだ日々をしずかに見つめている
突堤のあちら 送電線が絡まり
黒い鏡面に反射して揺れる無数の窓
銀色の体表の 罪なき漂泊のたましいが
しずかに水面から遠ざかる標的となって
灰色の都市へ沈下する
死魚は音もなく沈みゆく
夥しい手の群れを載せ
光の舟が過ぎる
母の腕の裡の赤子が 不思議そうに
生命の指先で 死魚にふれる
そのとき
死魚の奥行のない眼窩
その奥の 生命という領域の埒外の暗みから
小さい骨のような
痛みが弾けだす
すべての人々はそれを見逃し
叫喚に倦んだ無音の疲労を抱え
自走する論理の太陽の下で
われら 音もなく沈んでゆく―