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ある地名の風景

柳が風にゆれる代田の緑道     daita-2

清々しい一日。新しくきれいな緑道を歩いてきました。
小田急線下北沢駅から世田谷代田駅までの間ですが、
この道はもと小田急線が走っていた線路跡。

電車の地下化にともない、
おしゃれなお店が並ぶ緑道になりました。

ところで、”代田”という地名については
以下の伝説があります。

豪徳寺にあった世田谷城は
中世以来、忠臣蔵で有名な吉良上野介の先祖にあたる
吉良氏が代々の城主でした。

しかし小田原の北条氏が滅ぶと吉良氏も廃れ、
一族が徳川に仕えたものの城も荒廃してしまったようです。

この時に家臣だった清水、秋元、斉田、柳下など
七家が土着して代田村を開いたといいます。

刀を鋤に代えて田を開いたから”代田”になった・・
という話ですが
どうみても文字から連想した後世の付会でしょう。

”代田”が出てくる公式な記録は江戸時代からですが
少なくとも中世末には
すでに”だいた”という地名があったのだと思います。

ここはやはり、知っている人は知っている、
”ダイダラボッチ”という巨人伝説に拠りたいですね。

日本には各地に巨人伝説があります。
関東や中部ではダイダラボッチ、デエデエボウ、
デイランボウ、データンボウなどなど、
西日本ではオオヒト(大人)、ダンダラ法師、
伊吹弥三郎、大人弥五郎などなど。

山を背負ったとか川を堰き止めたとか
土地の創造に関する話が多く、
もちろんそこから地名の語源に結びつけるものも。

”代田”にはどんな巨人がいたのでしょう。

(つづく)

(世田谷区代田)

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