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猫谷(隣人)

妻と一緒になり、北九州に家を借りた。
庭付きの戸建で、そこの床は傾いていた。

そこには後に妻に猫谷と名付けられた、四足歩行の先住民がいた。
よく喋る、尻尾が曲がったメスの黒猫。

我々には我々の暮らし、彼女には彼女の暮らしがある。
衛生観念が違うため家の中には絶対入れてはいけないと2人で固く誓い、それでも気がついたら家族同然になっていた。

引っ越してきたばかりのときに、2-3日姿を見せなくなったことがあって本当に心配になってうろたえた。

天気の良い日は庭に一緒に横になった。
おれの膝の上で爪を立てて足踏みをするのが好きだった。



おれも、猫谷も生きていた。

毎日毎日付きまとってくれるのはうれしかったが、とてもつらくなる瞬間もあった。

こちらに仕事や他の用事があるときも、猫谷は自分の都合になればもうとても執念深いのだ。

そして自分の満足度が満たされたら離れていく。

おれが嫌だと言ったことはちゃんとやらなくなる社会性も持ち合わせていて、長い間人間と共存してきた歴史のある猫らしい猫だと思った。

膝の上で爪を立てる癖も、嫌だと伝え続けたらやらなくなってくれた。
けれども、しばらく膝の上に乗せないことが続くと、そのことを忘れてついつい爪を立ててモミモミしてくる手もまた愛らしかった。

猫谷は結構モテた。

知る限り、3匹のオスに言い寄られているのを見た。

その度に猫谷は顔面パンチをして追い払ったり、噛みついたり、その声がうるさいので玄関の戸を開けて出ていくと決まってオス猫は逃げていった。


ある日、今後について妻と相談をして北九州の家を出て県外に引っ越すことにした。
きっかけは固定費の削減だった。


ふと、猫谷のことを考えた。

おれがいなくなっても
こいつはこれまで通り生きていくだろうが、おれはオス猫を追い払ってばかりのコイツが少し心配だ。

猫谷に言い寄った大抵のオスは尻尾を巻いて逃げていったが、一匹の筋骨隆々とした黒猫は違った。

他の猫とその黒い雄猫がケンカをしてるところを見たことがあるが、そいつは一切相手に手を出さず鳴き声もあげず、気迫で相手を退散させるようなやつだった。

そいつは半年以上猫谷にアプローチをかけていた。

猫谷はおれのことが好きすぎてオス猫になびかないのであろうと確信していた。
猫谷にはもうおれのことを忘れて欲しいと心から思った。
遊べず振り切る度に、無責任なおれを許して欲しいと何度も何度も自分を責めた。

隣人同士の繋がりであって、
それぞれに生きているので仕方がないと、おれは嫌われる覚悟をして無視を決め込むことにした。

お前に本気で言い寄ってくるオスがいるだろ。
おれは既婚者なんだ。おまけに家には産まれたばかりの赤ん坊がいる。
誠に自分勝手だが、前みたいにお前と一緒に遊べなくなってしまったんだ。

無視を続けて二週間くらい経った頃、オス猫と猫谷の距離が少しずつ縮まっていくのがわかった。

猫谷の目の前でオス猫とコンタクトを取ったら直ぐにめちゃくちゃ仲良くなった。
一度でお腹を撫でさせてくれて、喉を鳴らしてくれた。

よく喋るし猫谷とそっくりだなと思った。

それからというもの、二匹は庭でイチャイチャするようになった。

キスをしたり、食い物を2人でわけあったり。
同じ格好でおれにマッサージハラスメントをしてきたり。
スズメの生首をおれらにプレゼントしてくれたり。
気持ちはわかるが、マジでいらねえ。






今ごろ二匹で元気にしてろ。

どうでもいいと思うがおれたちは元気だ。



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わろ(炉人)
白米が食べたいです。

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