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【H】トランプ当選の歴史的背景ーグローバリゼーションとポストモダン左派政治の失効

先進国の最近の政治情勢では、いわゆる「極右」の台頭といったことが指摘される。そのひとつの象徴が2024年のアメリカ大統領選挙におけるトランプの当選である。このことの背景にあるのは何か。

一言でいえば、それはグローバリズムの巻き戻しであり、1970年代以降のいわばポストモダンな左派政治の失効と位置付けられるだろう。

このことを説明するために、歴史の針を巻き戻し、第二次世界大戦後の高度経済成長から語り始めることとしよう。

1、高度経済成長とポストモダン左派の誕生

現代のいわゆる西側先進諸国は、戦後、日本に限らず、高度経済成長を実現した。その背景は、農村の過剰人口が枯渇したことにより、製造業の生産性向上が労働者の賃金向上に結びつく回路が形成され、それによって、消費需要の増大と生産性の向上を伴う供給能力の拡大との好循環が生まれたことだ。

それは、生産性向上、つまり、一人の労働者で作れる車の数が増えることが、その労働者の賃金の上昇につながり、その労働者が車を買うことが、自動車会社のさらなる機械化等の投資(≒生産性向上)につながっていき、それがまた賃金の上昇を…という好循環である。

反対に、農村の過剰人口が解消されず、したがって、労働者が供給過多であり、常に賃金に下落圧力がかかり続けた戦前には、当時列強と呼ばれていた現代の先進諸国は、労働者の低賃金ゆえの需要不足に悩み、需要がある市場を求めて、植民地の拡大とブロック経済化とを志向する方向、すなわち、世界大戦への道を進んでしまったのだった。

さて、戦後の西側先進諸国に話を戻せば、そこでは社会主義勢力への対抗ということも重要な役割を果たしていた。社会主義に勝利するために、資本主義のリーダーたるアメリカは日独等の敗戦国を筆頭に西側陣営に属した国々を厚遇したし、また各国政府は労働者を取り込むべく社会保障や労働者保護の法制を充実させた。

これらの戦後の諸過程の終着点にして純粋形が、日本のいわゆる一億総中流社会だったといえるかもしれない。日本では自らを中流と認識する人々が九割ほどにも及んだ。学校を出て、現業であれ、事務系であれ、ちゃんと就職すれば、「普通」に、結婚し、家を建て、子育てできた(と少なくとも想定されていた)時代である。

こうした傾向のなかで西側先進諸国の左派は、マルクス主義的に労働者の困窮を根拠として資本主義から社会主義への革命を主張することが困難になってくる。だから、1970年ごろから、その視線は、この総中流社会において周辺化されている人々に向かう。

すなわち、女性・外国人・障害者・LGBTQ・難民・発展途上国の人々…。さまざまな周辺化された「属性(アイデンティティ)」の人々の権利擁護を主張する、いわゆるアイデンティティ・ポリティクスの誕生である。1970年以降の時代はしばしばポストモダンと呼ばれるから、この政治勢力をポストモダン左派と呼んでおこう。

俯瞰的に見れば、ポストモダン左派は、先進国のマジョリティ男性の状況を、一旦は到達点として認めた上で、その理想から排除されている人々を、その理想に包摂していこうとする運動だったといって良いだろう。先進国のマジョリティ男性、つまり、マルクス主義が主に依拠していた男性達は、もはや弱者ではなかったのだ。

このような政治は、その当時の状況、要するに先進国の男性に関して、総中流性がある程度まで保証されていた状況を前提とすれば、弱者の観点から体制を批判する左派政治として、相当程度以上に妥当だったといえよう。

2、グローバリゼーションとポストモダン左派政治の失効

問題は、このような前提が、冷戦終結後、世界の中の壁が取り除かれた結果として加速したグローバリゼーションの進展の中で、崩壊していった点だ。グローバル化は、資本にとっては「農村の過剰人口の再発見」と同義である。

そのことは、企業の製造拠点の新興国への移転と、新興国から先進国への移民という、二重の仕方で現れる。企業は、この二つの方法で安価な労働力を利用できるので、製造業でもサービス業でも労働者の賃金に下落圧力がかかることになる。

この結果として、戦前と同様に普通の人々の購買力が下がってしまうが、それゆえに輸出を通じた市場の確保が重要となっていく。これは戦前には植民地の拡大を通じた市場の確保が重要視されたことと似ている。グローバリゼーション(による賃金の下落)が、さらなるグローバリゼーションを要請するのだ。

話を本筋に戻せば、重要なのは、このグローバル化の帰結として、先進国マジョリティ男性は理想的状態にあるという前提が解体されたことである。

すなわち、上述のプロセスの結果、先進国において真っ当な賃金が得られる職種が、一部のホワイトカラーを中心とした職種へと縮減されていく傾向が生まれ、全ての男性がそれを得られるとの想定が失われたのである。

このことを象徴するのが、トランプ前大統領の支持基盤といわれる、ラストベルト(錆びた工業地帯)のプアホワイト(貧しい白人)である。これらの語は、典型的には、製造業の海外移転によって職を失って貧しくなってしまった高卒の白人男性層を意味する。

また、このように「席が限られている」という状況において、この間のアイデンティティ・ポリティクスの成果により、その席を占める女性や(アメリカで言えば)有色人種の人々が増えてきたという事情もある。

こういった事情が存在するなかで、さらにアイデンティティ・ポリティクスを推し進めようとする左派には、当然、反発が出てくることになる。プアホワイトなる白人男性層からすれば、自分たちはいまや理想状態にはおらず、むしろ弱者なのである。

こういうわけで、たとえば先進国における極右の台頭の一例と見做しうるトランプ前大統領の政策は、保護貿易主義による自国産業の保護であり、移民の制限であり、アイデンティティ・ポリティクスに対する反動なのである。

まとめよう。1970-90年のころには、先進諸国においてマジョリティ男性がほぼ理想的状態にあるという事態が作り出された。その最も極端なものが、日本のいわゆる一億総中流社会だ。

そこで左派は、その理想的状態から排除されている諸属性(女性・外国人…)の権利擁護へとアジェンダを移していくが、その後のグローバル化と左派政治の成果によって、男性は理想的状態にいるという前提は解体される。

こうして反動が生じ、グローバル化の巻き戻しと左派のアイデンティティ・ポリティクスへの反動という仕方で、先進各国において、いわれるところの「極右」の台頭が生じている。

いわゆる「極右」の台頭は、この意味で理由のあることであり、単に否定して済ませることができるものではないし、左派のアイデンティティ・ポリティクスがそれ自体としては一定程度の正しさを含んでいたとしても、それはこのままでは有効性を持ち続けることはできないだろう。

最後に付け加えると、ここ数年のいわゆる「極右」の台頭は、いわばブーストがかかっている状態である。これは先進国の裕福でない層をインフレが直撃しており、そのインフレを酷くした一つの要因として、左派の環境保護政策、その化石燃料敵視があると見られているからである。この環境保護こそ、アイデンティティ・ポリティクスと並ぶ、ポストモダン左派の代表的な政策であった。

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