【H】PMT研究(1)論文「100%マネー提案とその銀行に対する含意:カリー・フィッシャーアプローチ対シカゴプランアプローチ」を読む
この記事は、PMT関連の論文や書籍を読んで、その要約を読書メモとしてまとめていくシリーズの初回である。
ここで私がPMTと呼んでいるのは、「商品貨幣論」亡きあとに現れる「主権貨幣論」(国家の通貨発行権)と「信用貨幣論」(銀行の通貨発行権)の二つについて、MMTが「信用貨幣論」優位の構成を考えているように見えるのに対して、逆に「主権貨幣論」優位の構成を考える立場だ。それは主権貨幣論の具現化としての政府通貨の発行を主張したり、信用貨幣論を象徴する銀行の信用創造の廃止を主張したりする。
今回はネットで検索して最初にヒットした論文「The 100% money proposal and its implications for banking: the Currie–Fisher approach versus the Chicago Plan approach」を取り扱う。
タイトルを日本語訳すれば「100%マネー提案とその銀行に対する含意:カリー・フィッシャーアプローチ 対 シカゴプランアプローチ」といったところだろう。
1、内容の要約
さて、最初に読む論文としてはややマニアックな内容だったようだ。100%マネー提案として世間で一括りにされているもののうちに、二つの微妙に異なる流派を見出し、その両者の違いの明確化を試みる内容だからである。
100%マネー提案とは、銀行の預金準備率を100パーセントとすることを意味する。それは、すなわち、「信用創造」の廃止である。銀行は預金されたお金をそのまま全て準備として確保しておかなければならないのだから。
この提案は、1930年代、アメリカの大恐慌期に盛んに議論された。信用創造があることで、好況期にはどんどんと借金によってマネーストックが拡大され、インフレやバブルが生じるのに対して、逆に不況期には借金の返済の加速と新規の借金の減少によってマネーストックが収縮し、デフレと恐慌が生じるのだと考えられたのだ。
大恐慌のような事態を再び起きなくさせるためには、このような景気循環の波を均すことが必要であり、銀行による通貨発行としての信用創造を廃止することが、そのための根本的な解決策となると考えられたのである。
さて、本論文はというと、この時期の100%マネー提案のうちに、二つの相異なる流派を見出し、その違いを明確化しようとするものである。それがすなわち「カリー・フィッシャーアプローチ」と「シカゴプランアプローチ」だ。
カリーとフィッシャーは経済学者の名前だ。フィッシャーは『100%マネー』という著書でも知られる。対するシカゴプランは、当時シカゴ大学の経済学者たちが中心となって実際に提案された改革プランのことだ。本論文ではシモンズという経済学者が中心的に取り扱われている。
両者の違いは、①「マネーの定義」②「景気循環の波を拡大する要因」③「銀行改革の内容」の三つの相互に関連した点に見出せる。この三つは緊密に連関しているとされているようである。
①について、「カリー・フィッシャーアプローチ」(以下、頭文字をとってCFAと略す)は、マネーを支払い手段として定義するので、議論の対象は小切手による決済のための「当座預金」に限定される。
他方、「シカゴプランアプローチ」(以下、CPAと略す)は、マネーをより広く捉えるので、「普通預金」も議論の対象となる。
②について、CFAは、景気の波が大きくなるのは「信用創造」による貨幣量の変動のせいだと考える。
他方、CPAは、それに加えて貨幣の流通速度の変化も景気の波の拡大に大きく寄与しているとみなす。
③について、CFAは決済に使用される当座預金に関しては100%準備を主張する。他方で普通預金に関しては、決済には使えないものとしたうえで、これまでと同様に信用創造も許容される。CFAによれば、それは決済に使えないためマネーではないとされるわけである。
安全に決済機能を利用したい場合は当座預金を利用し、決済には利用せずに高い利子による利益を追いたい場合は普通口座を利用すればいいわけだ。
他方、CPAは当座預金にせよ、普通預金にせよ、預金には100%の準備を要求する。預金を集めた銀行が企業に融資を行うということは想定されない。
企業への資金の融通は、投資信託という形で、元本を保証せずに資金を集めて、それを企業に融通するという形態を取ることになる。
著者は、CFAであれば銀行に与える影響も大きくなく、CFAがCPAから区別されていれば、100%マネー提案があまりにラディカルであるとして一緒くたに否定されることもなかったのではないかと示唆しようとしているようである。