A.D.SYSTEMS PTE.LTD.・阿部嶺一(Ryoichi Abe)さん「コミュニティ通貨でつくる、いい人が報われる社会」
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金融業界からコミュニティ通貨の開発へ
食べ物のように腐るお金
ピースコインの導入事例
●金融業界からコミュニティ通貨の開発へ
循環を促すアルゴリズムを持つ仮想通貨のピースコインの導入支援を行う「A.D.SYSTEMS PTE.LTD.」代表の阿部嶺一さんには、東京からオンラインでご参加いただいた。
ピースコインプロジェクト立ち上げ前は、ASEANを主としたグローバルな金融業界をフィールドに「お金でお金を増やす仕事」をしてきたという阿部さん。ミャンマーの不動産投資などに関わったことをきっかけに、その土地のコミュニティを守りながら経済発展ができないかと考え、その後独立された。しかしそこで、現代社会では、6つあると言われる資本(財務、知的、製造、人的、自然資本、社会関係資本)のうち、「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」がまったく可視化されていないことに気づいたという。家事育児や、ボランティア活動などに代表されるソーシャルキャピタルに注目することは、言い換えれば「いい人が報われる社会」になること。そこで、資本主義思想が世界の隅々まで浸透したこの時代に、オルタナティブな価値をつくることを目指し、コミュニティ通貨のプロジェクトに着手しはじめた。
●食べ物のように腐るお金
では、阿部さんたちが目指すようなコミュニティ通貨と、仮想通貨(bitcoin など)や現代社会で採用されている法定通貨は、何が違うのだろうか。まず法定通貨は、中央銀行などの金融機関しか発行できず、既得権益的・中央的なものであるのに対し、ビットコインは誰でも作ることができる分散的なもの。ただ両者には共通点もあり、どちらも多く獲得することが目的である、ことがその一つとして挙げられる。
ここで、法定通貨、仮想通貨、さらにピースコインの三者を、
・横軸 [中央集権型]⇄[分散型]
・縦軸 [流動的](例:食べ物)⇄[貯蓄的](例:お金)
のマトリクス上で整理すると、ピースコインは他の二者とは異なり、分散型であり流動的なものとして位置付けられる(下図)。つまり阿部さん曰く、「「食べ物のように腐るお金」であり、貯めるのではなく使うことに適している。これは、多く獲得し貯めることが目指されていた法定通貨や仮想通貨とは、まったく別の価値観をもたらします」とのこと。貯めると腐り、使うと増えるという状態が実現されているのだ。
またピースコインでは、「アンペイ度」が測定されるという。これは、例えば「タクシー」や「飲食店」をシチュエーションにした場合、アンペイ度の低いものとして、「法定通貨によるタクシーや飲食店の支払い」が一番にあり、その次に「コミュニティ通貨でのタクシーや飲食店の支払い」、さらには「コミュニティ通貨で支払われるプロではない送迎や飲食店」と続き、一方アンペイ度の高いものとして「家事育児介護など」があり、「気遣い感謝応援挨拶など」は最もアンペイ度が高い。アンペイ度が高いほど世の中に可視化されておらず、可視化されているのは氷山の一角である。「つまりピースコインが、ソーシャルキャピタルが可視化される推進力になることを意味します」。
●ピースコインの導入事例
一つめに、ビーチクリーン活動でピースコインが導入された例。「地域をよくしたい」「海洋プラスチックの健康被害が不安」などの考えをもった方々がクリーン活動に参加し、そのお礼に地域のカフェで割引になるピースコインを受け取る。そうして彼らがカフェに来れば、次はカフェにコインがたまり、それをお手伝いの方に渡すことができ、コインの循環が生まれ始める。
二つめに森林活用の例では、アウトドアや自然教育に関心のある方が間伐作業や森林清掃に参加し、コインを受け取る。それを地域のサウナで使ったり、サウナで用いる薪を掃除ついでに自分たちが調達したり、現代の日本社会にある林業の不採算性をクリアするようなことが実現可能である。ピースコインではこのように、本来法定通貨を使わずに循環させられる要所を押さえ、地域内での健やかな関係づくりを実現しうるのだ。
●京北でのピースコインの浸透を目指して
ここで、元ヒダクマの森口さんから次のような質問が投げかけられた。「飛騨にも地域通貨があるのですが、行政課題など地域にとって共通の目的があれば使える一方、単なるコミュニティ醸成のツールとしてだと活用されないと思いました。誰から使い始めるのか、地域の中でお互いに見張りあって、結果使わなくなることが多いと思います。兌換(だかん)できないことで持続していかないことがあるのではないでしょうか?」。
これに対して阿部さんは、「まず、地域通貨を導入して広めるフェーズと、それを持続していくフェーズ、それぞれでの課題と解決策を分けて考えると良いと思います」と答える。地域にいくつもの課題があるのはもちろん、だからこそピースコインの導入時に限っては地域全体で一つの課題に集中する必要がある。さらにここで重要になるのは、「地域通貨で一体何ができるのか」と受け身で考える人が多いことだそうだ。つまり、お金を払えばサービスが受けられて当然、というイメージから始まるとうまくいかない。例えば、「出張が多くて犬が飼えないので、それならむしろ出張先で犬の散歩を手伝いたい」など、小さくても自分にできることを投げかけ、自分自身がサービスを提供するコミュニティの一員だと知ってもらうことが大切だという。
さらにmoccaの辻さんから投げかけられた「頭が良く、柔軟な人でないとまだまだ使いづらいのではないかと感じるのですが、広まり方の傾向はありますか?」との質問に阿部さんは、「ピースコインは法定通貨に兌換できるものの、あえて換金の手間がかかるように設計しています。もし地域の清掃活動でシンガポールドルが受け取れるなら、関空に行かないと円に変えられない。それならわざわざ空港まで手間をかけて換金しには行かず、シンガポールドルのまま地域でやりとりした方がいい、という感覚が近いかも知れない」との返答。さらには、法定通貨と地域通貨の余白をつくることも重要だという。とりわけ日本文化の「お裾分け精神」などには、お金に変えられないからこそ価値があるものが確かに存在するため、それが全て数値に落とし込まれてしまうことは避けたい。だからこそ、阿部さんとしても「すべてをピースコインに差し替える必要はないと思っています」と話す。地域にはピースコインを使いたいとは思わない事業者もいるだろう。地域の中で、ピースコインにした方が良いこと、そのまま法定通貨にした方が良いことを見定める必要があるのだ。
●実際にピースコインが使われた場面
ディスカッションの中では、賛辞として「座布団」をもらってもうれしくないけれど、例えばずっと循環する「商品券」ならピースコインのイメージに近いという話も出た。
そしてフェイランさんは、「そもそもこのような議論が生まれることが、ピースコインの素晴らしさだと思います。最初から何ができますか?ではなく、どんなエネルギーを産むために何をするのか?を話していくことから始めたい。最初の1、2年はまず使い手自身が試してやってみる。それで認知が広まって、他の人に自分もピースコインがほしいと言われたとき、スムーズに流通できたら良いなと思います」と総括する。それは次第に地域の外にも可視化されるようになり、ピースコイン自体がその地域のソーシャルステータスやブランドバッジのような、人々を誘引するものになるかもしれない。
ではこのログイン合宿をきっかけに、京北では実際どう使われたのか? 阿部さんのプレゼンのあと、その場で皆がアプリをダウンロードし、合宿コーディネーターのフェイランさんから、参加のお礼にそれぞれ2000コインずつ受け取った。その場ではそれきりやりとりが終わったが、思い返せば「結局これで何ができるのだろう?」と考えてしまった瞬間があった。ピースコインは貯める(受け身の状態)のではなく、コインをどんどん循環させることでこそ可能性が拓かれていく。今回の場合は、企画運営のお礼として、その場でフェイランさんに1000コインお渡しするなどの可能性もあっただろう。
一方その翌日、合宿参加者の一人である小林新也さん(シーラカンス食堂/里山インストール)が辻さんが主催するmoccaへさっそく訪問し、そのお礼に辻さんからコインを受け取ったそうだ。さらにそのコインは、その後小林さんからフェイランさんに送られたのだが、それは合宿の最後にフェイランさんからニワトリをもらったお礼としてだった。このように、「何ができるの?」と尋ねることから始めるのではなく、まず自分自身がコインを回すことで、次第に生まれていく連鎖がある。ピースコインを特定の場やコミュニティでいきなり浸透させるにはそれなりのハードルもあるため、まずは自発的な意識をもったメンバー間でひたすらに循環させていくことが最初のステップとして重要だと感じた。
(次の記事は近日公開します)
書き手:中井希衣子
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