元ヒダクマ/mui Lab・森口 明子さん「ローカルとグローバルのはざまで」
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ヒダクマの立ち上げ
飛騨の森で何ができるか
地域で活動するスタートアップに求められること
●ヒダクマの立ち上げ
「株式会社 飛騨の森でクマは踊る」、通称ヒダクマ。岐阜県飛騨市で広葉樹の活用に取り組む事業体である。2016年に、飛騨市・株式会社 ロフトワーク・株式会社 トビムシという第3セクターによって、官民共同で設立された。ロフトワークはデザイン、トビムシは林業コンサルが主な領域だ。森口さんは、その当時東京から飛騨に移住し、ヒダクマの設立と事業化に関わってきた。
前職のRed Bullでは、音楽家の卵をつくるプロジェクトのPRディレクションをされていたという森口さん。外資系企業から日本のローカル企業へ転職した理由には、「循環する経済を生む、伝統を継承する、場をつくる。この3つができる環境を探していたんです。そんなときにロフトワークの方に出会いました」と話す。
彼女のフィールドとなった飛騨市は、面積の9割以上が森林で、かつその中の7割が広葉樹。一般的に針葉樹より活用しづらいとされる広葉樹だが、活用の幅が広がれば、日本全国の広葉樹林での先進モデルになりうる。さらに「飛騨の匠」と言われるような、消滅しつつある伝統の組み木技術が飛騨には残っていた。そこで、それらをデジタルファブリケーションでオープンソース化していく取り組みもスタートする。
森口さんを現地の女将(ディレクター)として事業がはじまり、彼女の在籍中には、下記のような事業が進められていった。
森林活用事業
広葉樹を活用した木製品の開発。地元の製材所(扱う木材のうち7割が広葉樹)とパートナーシップを結んで進めた。組み木データベース事業
組み木の3Dデータを作成し、オープンソース化した。組み木にどんな種類があるか、実際に建築やインテリアの中でどう使われているかがわかる。組み木は国内若手の建築家やデザイナー、そして海外からの人気が高く、技術を学びに世界中の学生やプロフェッショナルが滞在型で地域の職人と交流し、作品を生み出した。Fab Cafe事業
カフェと宿と、3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションが使える工房を併設させた。築150年の酒蔵を改装し、地域に開かれた場所に。滞在・合宿事業
企業や自治体の視察、建築家やデザイナー、アーティストの制作の受け入れなど。アーティストの場合は、飛騨での滞在中に成果物をつくることで、食費のみの負担で生活できるようサポートされていた。森口さんは、女将として、カフェ・宿・木工房の運営事業、アーティスト・学生や企業を相手とした合宿・滞在事業を担っていた。
上記以外にも、マーケティングPR活動として、毎週のイベントや、年一回のフェスティバルの企画、その他オーンドメディアやアーンドメディアの運営、メディアコンテンツ制作など、彼女が担ってきた領域は縦横無尽である。
●飛騨の森で何ができるか
Fab Cafeのオープン前には、地域住民に知ってもらうために様々な企画を立てたという。アーティストインレジデンスや「秋祭り」と題したフェスティバルにはじまり、建築家とともに曲げ木技術を学ぶワークショップ、森に行きクロモジを取りお茶をいただくワークショップ、木工所で机をつくるワークショップなど、枚挙に暇がない。
そして3年目の「秋祭り」では、森と街をつなぐことをテーマに、地域のアーティストと都市部のアーティストを掛け合わせ33個ものプログラムをつくった。下記に、一部を紹介したい。
地域の職人が森の端材でつくった大きな船の遊具。森を海に見立てて航海
茅葺き職人によるアートオブジェ。中に入るとオブジェが揺れて、蝉の幼虫のような体験に
森で採集した木のスプーンで食べる、美味しい薬草カレー
森で採集した食材と装飾の「森の晩餐会」。同じく森から採ってきた薬草でバーも
森の薬草で発酵させた天然酵母パンを、森で採集した竹の構造物に貼り付けて焼く建築物。通称「パン建築」
森をステージに、森の歌姫「木歌」のライブ
森や地域をテーマにした映画鑑賞
デジタルファブリケーションを使い、建築家と椅子をつくるワークショップ
ピザ窯でのピザ焼き
フィンランドサウナ
かんな削り体験
一方飛騨の街中では、図書館をはじめ、カフェなどの店舗に協力してもらい、秋祭りをテーマに特別な製品を販売したり、イベント企画をし、街と森を回遊できる大規模なフェスを開催した。
また、森林活用が進むスイスから林業家に来てもらったこともある。「フォレスター研修」として、飛騨の森林組合に属する林業家たちが彼らからレクチャーを受けた。例えば、スイスの森ではまず、親の木/子の木/ライバルの木を見定める。その上で「ライバルの木」を適切なタイミングで伐採し、森の中のコミュニティ(生態系)を健全に育てる。この方法は、盲目的に作業しがちな飛騨の森では、新鮮なアプローチだった。
ほかにも、クルミやケヤキの木を活用した球体のスピーカー、室内用の猫の階段、IoTの水耕栽培器、Patagoniaと協働した木製スプーンや箸などを、デザイナーやアーティストなどと開発。ヒダクマが始動したばかりだったこともあり、比較的規模の大きい企業とコラボレーションすることで世の中への波及を図っていたという。また巨大IT企業のマネジメント層の合宿を開催することで、ヒダクマの認知やブランド向上につなげた。ローカルの事業体だからと小さく続けていても、社会へのインパクトは生じづらいからこそ、タイミングや事業を見極めながら、グローバルに展開していく勘が必要だった。
さらに、小径木の活用を模索する中、建築家と一緒に、将棋の駒、椅子、ハンガーなどを制作して大きな展示会に出展したり、海外の4大陸から4つの大学と日本の大企業が参加する「伝統 X IoT」をテーマにしたデザイン合宿(期間はひと月にもわたる!)を開催。デジタルファブリケーションやIoTを活用して地域の伝統技術である組み木をどのように活用し、地域発展に貢献することができるかを考え、最後に地域の方々に向けて作品発表をした。その最中も写真や動画を使って常に発信し、最後にはブログを書いて集大成として、新たな合宿事業やクライアントワークにつなげていった。
このように、森口さんは当初のビジョン通り、循環経済、伝統継承、場づくりが一体になった事業開発を多領域かつスピーディーに実装してきた。
●地域で活動するスタートアップに求められること
森口さんには、以前地元住民に言われてハッとしたことがある。それまでFab Cafeでは、渋谷の本店のディレクションで、トレンドの「サードウェーブ」と言われる酸味の強いコーヒーを出していたが、ある日地元の方に「普通のコーヒーが飲みたい」と道で指摘されたそうだ。確かに、サードウェーブ系のコーヒーは都市では人気でも、地元の方には馴染みづらい。また、インバウンド客は飛騨のお米を使ったおにぎりを食べたがる一方、地元の方からすれば、普段なかなか食べられない美味しいパンやサンドイッチメニューがほしい。
結局、森口さんは本店の方針とは異なる苦いコーヒーを、地元の喫茶店からこだわりの豆を仕入れて出すようにした他、タイミングよくUターンで飛騨に戻ってきたベーグル専門家にベーグルをつくってもらい、サンドウィッチメニューとして出すようにするなど、地元客にも満足されるカフェを目指した。
「両極端なニーズを、グローバルを目指すヒダクマがどのように”グローカル”として融合させていけるのか。小さな点も、放っておくと大きな歪みとなって現れてきます。本来であれば一年目はゆっくり地元に浸透し、愛される場所づくりに集中することで安定したブランドを築き、外から訪れた人もその温かい雰囲気に包まれて、通いたくなる場所作りをしたかったのですが、グローバルを目指す事業方針やマイルストーンがあるため、スピーディーに成果を出し続けなければならないという矛盾を抱えていました。その矛盾は、会社のトップと現場とを往復する人間の体感値でしかわからないこともあり、相談できる人がいませんでした」と話す。
プレゼンの最後に、森口さんが飛騨で学んだことを伝えてくれた。
地方自治体ごとの特徴をよく知ることが大切
地元住民のキーパーソンとつながることが欠かせない。一人のみではなく複数人の意見を聞いて統合的に判断することが大切
自治体との連携は必須。仕組みづくりから共に、アジャイルに取り組む
地域にも多様な方がいる。批判などは当たり前だと思い、適切に受け流すことも大切
どこまでいっても人間
個人の成長とコミュニティの成長は共にある
最後は愛(ダイアログ、対話の大切さ)
これらのまとめから、地域の方々とのコミュニケーションの肝要さが、生々しく迫ってくる。移住者たちが思う以上に、地域の人には移住者の新たな事業や組織が「恐れ」として見えているからだ。移住者の組織を、「賢い人の集まりなんやろ」と片付けられてしまうこともある。
実際フェイランさんは、「例えば地域の人に説明するときは、カタカナ語をなるべく減らすなど、移住者が突っ走って地域が置いてけぼりにならないよう気を回します」という。またROOTSは地域貢献の一環で、英語講座を開く。その主催者である中山さんは、「育ちも立場も異なるけれど、場があること、地域の人も来てくれること、継続していることこそ大事。この英語講座を続けながら、焚き火を囲むなどプリミティブな集いが地域にはもっと必要だと感じています」と話す。
一方、京北の地元民である仲井さんの視点では、「何かを言ってくる人は地域への関心が高く、熱い証拠。膿となってしまったものをどう出させて、熱にさせていくのかが大事」という。飛騨で3年間暮らした森口さんにとって、事業立ち上げ当初は多忙を極め、上層部から指示される売り上げや成果ばかりを求めざるをえない状況だった。「当時はゴール設定が難しかったんです。売り上げではなく、地域との関係づくりが目指されていたなら、全然違う動き方になっていたと思う。飛騨の方々とどうやってつながるか、その対話が大事だと思います」。森口さんが築き上げたヒダクマの土台は、今次の世代に引き継がれ、よりいっそう深化されている。広葉樹の豊かな森林環境を最大限に活かし、自然の中で誰かと何かをつくる。そういう地に足のついた取り組みがヒダクマから生まれている。
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書き手:中井希衣子
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