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連載:ロジカルコミュニケーション入門【第2回】論理的思考で自分の価値観を見極めよう!

2023年4月28日より、「noteNHK出版 本がひらく」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

●本連載では「ロジカルコミュニケーション」を推進する哲学者・高橋昌一郎が、まったくの初心者に論理的思考の基礎から応用まで、わかりやすく明快に解説します。

●「ロジカルコミュニケーション」は、論理的思考に基づくスムーズなコミュニケーションを意味します。固定観念や偏見に陥らず、多彩な論点を浮かび上がらせて、双方の価値観をクールに見極めるコミュニケーション・スタイルです。

●なぜかコミュニケーションが苦手、他者との距離の取り方が難しいなど、コミュニケーションに問題を抱えていたら、抜群の効果があります。「ロジカルコミュニケーション」で人生が劇的に好転します!

【第2回】目次

●論理的思考とは何か
●問題の具体化
●論点の導出
●自分の価値観を見極める
●論理的思考が視野を広げ、新たな結論を導く
●相手を黙らせるのが「ロジカル」ではない!
●ロジカルコミュニケーションの第2歩は自分を見極めること!

●論理的思考とは何か

 本連載【第1回】「論理的思考で視野を広げよう!」でも解説したように、「論理的思考」とは、「思考の筋道を整理して明らかにする」ことである。たとえば「男女の三角関係」のように複雑な問題であっても、思考の筋道を整理して明らかにしていく過程で、発想の幅が広がり、それまで気づかなかった新たな論点が見えてくる。引き続き、「論理的思考」を楽しんでほしい。

●問題の具体化

 さて、読者は、「美容整形」することに賛成だろうか、あるいは、あまり賛成できないだろうか?
 このタイプの質問に対しては、すぐに「賛成」や「反対」と答える前に、少し落ち着いて考えてみてほしい。
 そもそも「美容整形」といっても、誰が身体のどの部位を整形するのだろうか? 20代の女性が鼻を高くするのか、50代の男性が腹部の脂肪を吸引するのか、あるいは小学生が二重瞼にするのか?
 何が目的で、どのような必要性に迫られて「美容整形」したいのかもわからない。つまり、この質問は、あまりにも一般的で漠然としすぎているので、「その質問は曖昧すぎて、明確に答えられない」と答えるのが、論理的思考に基づく模範解答といえる。
 このタイプの曖昧な質問は、議論の最中などに故意に一種の「罠」としてぶつけられる場合もある。安易に即答して揚げ足を取られないためにも、問題は常に可能な限り具体化して考えるようにしたい。
 それでは、実際に「美容整形」をするか否かで悩んでいる大学4年生の相談の実例を挙げよう。

 私は第一志望の航空会社から内定を頂戴して、先日「内定式」に行ってきたばかりです。すごく嬉しくて、来春からは社会人として精一杯がんばろうと思っているんですが、そこで心配になっているのが化粧のことです。
 航空会社に勤務するうえで最も大切なルールの一つは「時間厳守」ですが、私は朝が苦手で、毎朝早起きして化粧をする時間が取れるのか心配です。来年は、訓練期間終了後に客室乗務員として国内線に搭乗し、社内の英語試験に合格できたら、早ければ再来年から国際線に乗ることができます。そこで長時間のフライトになると、仮眠後に短時間でメイクしなければなりません。
 化粧をしない男性にはすぐに理解してもらえないかもしれませんが、たとえば眉のメイクだけでも結構時間が掛かります。私が本格的に眉を化粧するときには、眉用シェーバーで形を整えてから、薄い部分にペンシルで眉毛一本一本に沿って描き足して土台を作り、スクリューブラシで濃淡のカラーを加えて立体感を出します。アイブロウパウダーや眉マスカラも何種類か使うし、眉だけでこれだけあるので、もし化粧道具を全部入れたら、化粧ポーチを持ち歩くだけでも大変です。
 そこで調べてみたところ、「メディカル・アートメイク」という「消えない化粧」のあることがわかりました。これは麻酔をして、皮膚の表皮に針でカラーを入れていく方法で、「タトゥー」に似ています。
 これを眉に入れてしまえば、カラーは生涯消えません。ただ2、3年すると表皮のターンオーバーで薄くなってくるので、「リタッチ」というメンテナンスでカラーを整える必要があるようです。でも、いったんカラーを入れてしまえば汗やシャワーでメイクが落ちないので、プールで泳いでも平気だし、何よりも毎日のメイクの時間を短縮できます。
 私がネットで調べたクリニックでは、グラデーションをつけながら眉の形を整える「パウダーグラデーション」と、線状に一本一本眉毛を描いていく「マイクロブレーディング」があって、そのコンビネーションの場合、3回の施術で完了し、費用は約13万円です。
 このクリニックでは、「アイライン」が約7万円、唇の場合は「リップライン」だけで約15万円、「フルリップ」は約20万円で施術できます。眉毛とアイラインとリップに施術すると、全部で40万円になりますが、その後は本当にメイクが楽になるので、大学に在学している間に施術するか悩んでいるんです。
 こうして自分の顔のことを考えているうちに、いろいろ気になるところが出てきました。どうせなら、メスを入れない「プチ整形」もやってみようかと思って……。たとえば「二重埋没法」は、瞼の2カ所を先端に針が付いている高強度で極細な医療用糸で引っ張る方式で「二重瞼」にします。この方法ならば、自分の気に入った幅で二重にできるし、もし気に入らなかったら、針と糸を外せば完全に元に戻すことができるみたいです。
 顔にメスを入れる「整形手術」となると、失敗や後遺症の心配もあるので私は躊躇しますが、もし何らかのコンプレックスを抱えている人が整形手術によって自信を持てるのであれば、それはそれでよいのではないかとも思います。しかし、その一方で、ネットでは「あのアイドルは整形だ」とか「整形顔が気持ち悪い」などの誹謗中傷や批判なども見かけます。
 結局、眉毛とアイラインとリップに「メディカル・アートメイク」を施術し、「二重埋没法」で二重瞼にすることにして、全部で50万円を両親に出してもらうか、全額出してもらうのは申し訳ないので、半分は自分でローンを組もうかとも思っているんですが、本当にそれでいいのか、何か間違っているような気がして、悩んでいます。

●論点の導出

 この相談は『実践・哲学ディベート』で扱ったもので、ここから5人の学生たちが多種多彩な賛成意見や反対意見を繰り広げる形式になっている。ここでは、あえてそれらの意見には触れないので、興味をお持ちの読者には『実践・哲学ディベート』をご参照いただきたい。
 一般に、賛成や反対を表明する意見に含まれる一つ一つの理由や根拠のことを「論点」と呼ぶ。
 私が常々学生に勧めているのは、賛否が議論になるような問題に対しては、常に「賛成論(メリット)」の立場から論点を少なくとも3つ、「反対論(デメリット)」の立場から論点を少なくとも3つは挙げられるようにしてほしい、ということである。
 たとえば「日本の死刑制度を存置すべきか、廃止すべきか」といった二者択一問題に対しては、「存置すべき」という賛成論の論点を3つ、「廃止すべき」という反対論の論点を3つ挙げることが重要である。これらの賛否両論の論点を併記した上で、初めて公平な判断の土台に立つことができるからである。
 ここで心配なのが、「私は死刑制度に賛成です。でも、うまく理由を言えません」というタイプの学生である。この学生は「死刑制度に賛成」だと言っている以上、何らかの理由や根拠を持っているに違いないのだが、いわば脳内がきれいに整理整頓されていない状態であるため、うまく理由や根拠を言語化できないのだと考えられる。
 美容整形をしたいという子どもに「ダメ!」と頭ごなしに怒鳴りつけたり、「理由なんかどうでもいい。とにかくダメなものはダメ!」と理不尽に命令する親がいたら、やはり同じように非論理的な思考回路に陥っているといえる。論点を明確にせず、理由や根拠を何も説明せずに、ただ「反対」という結論だけを押し付けているからである。
 ここで注意してほしいのは、論理的思考法で重要なのは、「結論」ではなく「過程」だという点である。美容整形にしても死刑制度にしても、冷静にメリットとデメリットの論点を書き出してみてほしい。それらを自分で思いつかなければ、もちろん文献やネットで検索しても構わない。固定観念や偏見から結論を出してしまわずに、あくまで出発点は「ニュートラル(中立)」にして、賛否両論を冷静に判断することが論理的思考法の原点である。

●自分の価値観を見極める

 それでは、別の思考実験をしてみよう。読者がAさんとBさんのどちらと交際するか迷っているとする。すでに述べた論理的思考にしたがって、読者はAさんとBさんの長所と短所を書き出したとしよう。
 ここではわかりやすく単純化して、Aさんは、ルックスはよいが性格に難があり、Bさんは、ルックスに難があるが性格はよいとしよう。さて、ここで読者が自分でも意識しないうちにAさんに惹かれているのであれば、実はその読者はルックスに重きを置いていることが判明する。もしBさんに惹かれるならば、ルックスよりも思いやりや優しさを重視していることが明らかになる。
 AがよいかBがよいかの論点を整理したうえで、どの論点を重視するかは、もちろん個人の自由である。逆に言えば、論理的に整理することによって、自分が何を重視しているかが見えてくる。つまり、論理的思考によって、自分の価値観を見極めることができるわけである。
 論理的思考に基づいて議論すると、当初は日本の死刑制度に大賛成だった学生が、賛否両論の論点を整理していくうちに、反対に変わったり、逆に反対だった学生が賛成に変わることもある。それはそれで、まったく構わない。最終的な結論は個人の価値観に依存し、その結論を変更するのも個人の自由だからである。

●論理的思考が視野を広げ、新たな結論を導く

 さきほどの「美容整形」の相談について、賛否両論の多種多彩な議論を経て、相談者は次のような結論に到達している。

 皆さんの賛否両論を伺って、大学在籍中にプチ整形やメディカル・アートメイクに踏み切るべきか、かなり悩みました。
 ちょうど先日、内定を頂戴した航空会社の懇親会があり、現役CAの先輩と話す機会があったので、思い切って私の悩みを相談してみました。
 そもそもCAは容姿を整えるべきであるということは、人事評価の対象にもなっているそうですから、「見た目」が大切であることはハッキリしています。ただし、そこで「見た目」というのは、あくまで「清潔感」や「品性」であって、派手な印象は避ける方がよいとアドバイスをいただきました。
 日本の航空会社でCAにタトゥーが禁止されていることは以前から知っていましたが、メイクの方法にしても、「優しい印象を与えるメイク」が望ましく、「流行メイク」は禁止されているそうです。搭乗時には安全上の理由もあって「つけまつ毛」や「まつ毛エクステンション」も禁止されているそうで、想像していた以上に派手なメイクがタブー視されていることがわかりました。
 とくに印象に残ったのは、「私達は、あくまでお客様があっての私達なのだから、お客様よりも派手な印象を与えることや、お客様よりも華美な時計や装飾品を身に付けることは、慎まなければね」という先輩の言葉です。
「どうしても時間を節約したいのなら、眉毛のメディカル・アートメイクくらいはありかもね」と言われましたが、実際に眉毛にメディカル・アートメイクを施術しているのは、眉毛が薄くなった年長者のCAだけで、私のような新入りのCAが施術しているのは見たことがないそうです。
 会社から「訓練開始までに読むように」と渡された「お客様の声」という小冊子があるのですが、先輩からもそれをしっかり読むように言われました。その小冊子には、搭乗後のお客様から寄せられた声が引用されています。
 ある便に搭乗したお客様が「パニック障害」であることをCAに伝えたところ、それが機長に伝わり、機長から「自分もジェットコースターは苦手です。揺れないように操縦しますから、ご安心ください」という機内アナウンスがありました。お客様は、その配慮に感激されたそうです。
 出産直後から集中治療室に入っているお孫さんを見舞うために、老夫婦が飛行中に「折鶴」を折っていた話もあります。事情を知った機内のCA全員が一緒に折鶴を折り、お見舞いメッセージを添えて手渡したところ、ご夫婦が感動してくださったそうです。
 着陸後、お客様が搭乗口に向かって歩いていると、CAが追いかけてきました。そのお客様の持っていた土産袋が傷んで破れかけていたので、新しい紙袋を持ってきてくれたそうで、その配慮に感謝の声が寄せられています。
 この小冊子の表紙には、「100人のお客様」がいれば「100通りの想い」があり、その「想い」は常に変化するため「正解はありません」と書いてあります。しかし、その「想い」に応えることは「難しいこと」でも「特別なこと」でもなく、「一生懸命さ、ひたむきさは必ずお客様に伝わります」とありました。
 改めて考えてみると、私のように入社前の人間が、プチ整形やメディカル・アートメイクに拘ること自体、かなり「ルッキズム」に偏っていたのではないかと、ちょっと反省しました。やはり私は、外見にこだわるよりも、内面からお客様の想いに応えられるようなCAになりたいので、プチ整形もメディカル・アートメイクも、結局、全部やめることにしました!

 この相談者は、「美容整形」の是非を議論していくうちに、その背景に当初は思いもしなかった「ルッキズム」の影響があるという可能性に気づいた。そのうえで先輩からアドバイスをもらって、結果的に「外見にこだわるよりも、内面からお客様の想いに応えられるようなCAになりたい」という当人なりの結論に到達できたわけである。
 ここでまとめておくと、「論理的思考」に基づく「ロジカルコミュニケーション」とは、①賛成論と反対論の論点を可能な限り(少なくとも双方3つ以上)明らかにして、②どの論点に自分が価値を置いているのかを見極め、③新たなアイディアを発見するディスカッションの過程を重視し、④結論を変更しても構わないので、⑤その時点における自分の最適解を発見するコミュニケーション・スタイルだということになる。

●相手を黙らせるのが「ロジカル」ではない!

「ロジカルコミュニケーション」は、基本的に「楽しい」コミュニケーションである。実際に、学生たちは目を輝かせながら新たな論点を探し、反論にも公平に耳を傾け、最終的に当人がどこに価値を置いているのかを見出して「自分は、この論点を大事にしていたのか、こんな人間だったのか」と自分自身を発見している。
 お互いに知的好奇心を刺激し合い、誰かがそれまで気づかなかったアイディアを話すと、「そんな考え方もあったのか!」と驚いた表情になり、なぜか皆ニコニコとした笑顔になる。彼らが、この愉快なコミュニケーションをもっと続けたいと感じているのがわかる。
 一方、「ロジカルコミュニケーション」の対極に位置するのが、いわば「相手を黙らせるコミュニケーション」である。こちらは、自己主張を大声で述べ、相手の発言を平気で遮り、自分の立場は絶対に譲らず、場合によっては相手を嘲笑したり罵倒したりして、相手が黙り込むと「はい、論破!」と勝ち誇るというタイプのコミュニケーションである。
 テレビやネットの討論番組などの影響もあるのか、このような「論破」こそが「ロジカル」だと勘違いしている学生が稀にいるが、それはまったくの誤解である。
 そもそも賛否両論が生じるような問題の背景には複雑な論点が隠れていることが多く、どの解決法にも複数のメリットとデメリットがあり、安易に「論破」できるような単純なものはほとんどない。
 本当の意味で「論破」が成立するのは、数学のように議論の大前提となる体系(一般に「公理系」と呼ばれる)が定められている世界での話である。
私がアメリカの大学の数学科に在籍していた頃、ある定理を発見したと考えて、グラフ理論の世界的権威である教授に報告に行ったことがある。
 教授は、私の「証明」を眺めた瞬間、即座に次のように言った。「あははは、残念! 君の証明は、Aの部分からBの部分にかけて論理的な飛躍がある。この飛躍を君は埋めたいだろうが、それは無理だ。なぜならAが成立してもBは必ずしも成立しないからだ。その証拠として次のような具体例がある。したがって、君の定理は成立しない!」
 ここまで完全に「論破」されると、気分は爽快になり、自分の間違いに気づかせてくれた教授に心から感謝したくなる。つまり、本当の「論破」は、愉快なものなのである。
 これに対して、「相手を黙らせるコミュニケーション」は、一般に論点をすりかえたり、言葉の暴力で相手を黙らせているだけで、とても生産性のあるコミュニケーションとは思えない。このタイプのコミュニケーションは、絶滅させるべきであろう。

●ロジカルコミュニケーションの第2歩は自分を見極めること!

 さて、最近の日本で侃々諤々の論争を巻き起こしている問題を考えてみよう。読者は「憲法改正」に賛成だろうか、あるいは、あまり賛成できないだろうか?
 すぐに「賛成」や「反対」と答えてしまった読者は、もう一度この連載【第2回】を最初から読み直してほしい。そもそも日本の最高法規である「日本国憲法」は、前文と103条の条文から成立しているわけだから、どの条文をどのように改正する話なのか、質問を具体化しなければ論理的に答えられない。
 それでは「自民党の改正案では憲法97条を削除することになっています。この点に賛成ですか」と質問されたらどうだろう? ここで読者は、賛成論と反対論の論点を調べ上げて、自分がどの論点を重視しているか見極めたうえで、最終的に賛成か反対の判断を下すことができる。
 この思考法こそが「自分の頭で論理的に考える」ことであり、その成果を同じように「自分の頭で論理的に考える」他者と分かち合い、愉快に話し合うのが「ロジカルコミュニケーション」である。

参考文献
高橋昌一郎『哲学ディベート』NHK出版(NHKブックス)2007年
高橋昌一郎『東大生の論理』筑摩書房(ちくま新書)2010年
高橋昌一郎『自己分析論』光文社(光文社新書)2020年

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本連載はNHK文化センター講座「ロジカルコミュニケーション入門――はじめての論理的思考」と連動しています。興味をお持ちの皆様は、ぜひオンラインのライブ講座にご参加ください!

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高橋昌一郎
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