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桐壺登場 その八 桐壺更衣が左大臣の気配を語る

その八 桐壺更衣が左大臣の気配を語る

 その前に、少しここで帝の御子(みこ)についてお話しておこうと思います。 
 一の御子とか、二の御子とか、皆さんは
「帝の御子なら皇子と書くのではないかしら」
「帝の皇子なら親王というのではないかしら」
とお思いのことと存じます。
 そうです。親王は帝の御子で皇子です。でもすべての御子が皇子であっても、すべての御子すなわち皇子が親王というわけではありません。
 親王になるには親王宣下を受けなければなりません。親王は称号、宣下は帝直々の裁可です。また親王には官位があって、一番上が一品、一番下が四品です。品位を持たない親王は無品です。
 親王といってもいろいろなのです。そのいろいろを考慮すると、臣籍降下ということも起こり得ます。
 だから「親王であるべき親王だ」と認められた親王宣下もあれば、「まあこの程度なら無品でも何でもいっか」という親王宣下もある。臣籍降下の方がまだましということもある。中には親王にしようとも臣籍に降そうともなされない、どうでもいい御子というのもあつて、それはずっとほったらかし。
 以上、帝の御子についてでした。これを踏まえて、今回の本題、左大臣のこと、語ります。

 さて、女御腹の一の御子があり、更衣腹の二の御子が生まれ、帝はそのどちらの御子をも親王宣下しておりません。
 どうしてでしょう。
 その鍵となるのが左大臣、というのが私の妄想の始まりです。証拠もあります。
 まず左大臣、一の院の盟友です。
 そして左大臣、一の院の女三の宮が降嫁しています。
 何よりも左大臣、今上において左大臣やってます。
 これらが状況証拠となって、何も知らない私たちにも否応なく、かつて何か黒いものが起きたんだ、この御代はそうして始まったんだ、と見たくもない様相を見せてくるのです。
 それは以下のような、こんな感じです。あくまで私の受け止め方ですが、よかったら参考になさってみて下さい。

 とある親王様には三人の同腹の御子(おこ)がありました。親王様はその内の一人娘を親友の男に嫁がせました。そして女の子が誕生すると、親王様は旨味をちらつかせて自作自演の国家改造計画を親友の男に持ちかけました。
 ゴニョゴニョゴニョ。
 こうして先帝は崩御され、皇太子は何故かいなくなりました。そして皇位継承権をもつ親王様が即位し、新たな御代の帝となりました。
 帝は早速、御子(おこ)たちを親王及び内親王に宣下しました。その中から春宮と次の春宮も決めました。外戚政治の元となる中宮は立てませんでした。
 親友の男は出世しました。前代未聞、彼の妻は
内親王です。これは確か、宇津保物語でしか例がなかったような、とても凄いことです。外戚に牛耳られない親政を目指したい帝、しかし政変直後で地盤は不安定、それをがっつり支えたのが、この親友の男です。
 革命においてもっとも大切なこと、それは機敏さと周到さです。帝はすぐに譲位して、一の院となりました。そして順当に春宮が即位しました。若くて美しい新帝誕生です。
 一の院の親友の男は、この新帝をも、きっちり支えます。
 これが左大臣です。

 さて、左大臣には娘がおりましたね。覚えていますか。この女の子、父が左大臣、母が内親王です。女の子の出世の最上級は中宮、国母と言われておりますが、この仕様ならば十分狙えます。っていうか、それしかないでしょう。とりあえず左大臣家の姫君、現状では春宮妃を目指します。
 春宮?
 どの春宮?

 この時、現春宮は十一歳、弘徽殿の一の御子は四歳、私の子(桐壺の二の御子)は一歳です。
 左大臣の姫君は五歳です。

 案の定、弘徽殿女御は左大臣家の姫君を一の御子の春宮妃にと狙っている様子です。えっ、気が早いって?いえいえ、これが見えてる人の目線です。さすが弘徽殿女御です。前にも言いましたが、右大臣は凡庸です。すべては彼女の力です。その力、どこまで通用するでしょうか。

 では最後に、弘徽殿女御に敬意を評して、左大臣の姫君と一の御子の婚姻の可能性について捏ね繰り回してみましょう。
 ちなみに右大臣、あの黒いあれの時、左大臣に手足のように使われていたのでしょう。
「君のお嬢さん、親王様のご子息とお付き合いしてるんだってね、いやあ、羨ましいなあ、だって、ゴニョゴニョ…」とか言ったんでしょう。
 何故なら右大臣、今上において右大臣をやっていますから。
 そう、左大臣にしてみれば、右大臣はかつて使いっ走りにした相手です。汚れ仕事を丸投げした相手です。いろいろ知られている相手です。にもかかわらず右大臣になった相手です。
 さあ、あなたなら娘さんを嫁がせますか。
 政略結婚ですから利点は様々ありますが、左大臣は心情的に「ちょっと嫌だな」と思っているでしょう、ということを弘徽殿女御は思っていることでしょう。そして弘徽殿女御は、この左大臣というのは風向き次第では「ちょっと嫌だな」と思うことなど一向に歯牙にもかけない即物的な人物だと睨んでいることでしょう。何故なら左大臣は右大臣が右大臣であることを歯牙にもかけていないから。
 一方、右大臣にしてみれば左大臣はかつて自分を使いっ走りにした相手です。言葉巧みに汚れ仕事を丸投げしてきた相手です。にもかかわらず一切黙っててやった相手です。
 さて、あなたなら娘と孫のためにどう出ますか。
 右大臣は心情的に「当然だよな」と思っているでしょう、ということを左大臣は思っているでしょう。だから「嫌だな」と思っているのでしょう、ということを弘徽殿女御は思っているでしょう。そしてこの左大臣というのは風向き次第では「当然だよな」ということなど一向に歯牙にもかけない人物だと見抜いているでしょう。何故なら左大臣は右大臣が右大臣であっても一向に歯牙にもかけていないから。
 …弘徽殿女御、がんばれ!
 …右大臣、がんばれ!
 その前に御子は皇子なのだから親王宣下を!

 ちょっと待って!
 忘れていませんか?
 現春宮を。

 うっかり選択肢を見誤ったら危険です。ついこの間の、とても口ではいえないあれを思い出します。それはまだ終わっていない。いや、これから本編が始まるのです。
 というのも、左大臣は「ちょっと嫌だな」も「当然だよな」も一向に歯牙にもかけない人物だから…、ということを弘徽殿女御は見抜いている…、ということを私は考えている…、そして私自身、「私のお父さんを馬鹿にするな、コンチクショー」と、彼女と同じことを左大臣に対して思っている…。
 さあ、左大臣、どうくる?


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