見出し画像

桐壺登場 その十八 彼の育児と彼女の育児を語る

その十八 彼の育児と彼女の育児を語る

 光七歳、読書始めの儀。当然、帝直々の催しです。光る君は与えられた書をすらすらと読みました。私の子ですからやむを得ません。彼は、なんと恐ろしや、と大袈裟に驚く。これ見よがしに大騒ぎをする。分かるけどね。親ばか。でもただでさえこんな美しい子なんだから、せめて人並に普通に褒めてあげてほしい。
「今はもう誰もこの子を憎んだりしないだろう。母親がいないのだから可愛がっておくれ」
帝のこの台詞、特に前半部分、桐壺的にはひっかかりますが、それはさておき、彼はこう言って自慢の第二皇子を連れ回して、ようやく仕事にやる気を見せ始めました。みんなに可愛い光る君を見せたいのもあるけれど、いい格好しいの彼のこと、働くお父さんを我が子に見せたいんです。そうなんです。光る君のクリクリの眼差しに支えられているんです。ひかっちがいれば元気百倍!愛と勇気も友達です!たとえ胸の傷が痛んでも、です!
 後宮の女たちの元へもお父さんと一緒に行きます。勿論、弘徽殿の御簾の内にもどんどん入っちゃいます。大丈夫です。心配御無用です。どんな荒くれ者であってもこれには敵いません。子どもは最強ですから。しかも光る君です。皆、私の子の愛らしさにメロメロです。散々、私の悪口で盛り上がっていたくせにキャーキャーです。
 御簾という男女の境を平気で挫く光る君。男でも女でもない美しい光る君。
 でも弘徽殿女御は違いました。彼女は後宮の女たちがキャーキャー言う中、唯一、母として光る君に向かい合ったのです。私、思いもよらないことでした。そうなのです。彼女の子どもの春宮と二人の姫宮は光る君と兄弟なのです。母親の里で養育する平安人、これは盲点でした。さすが弘徽殿女御です。そして彼女は光る君にとって真実、母なのでした。何よりも彼女は家族を知っています。家族…それは私にはどうにもならないものでした。ありがとう。弘徽殿女御。このように彼女は私を理解してくれているのでありました。
 そうして楽しい弘徽殿一家とも打ち解けていく光る君。学問はもとより音曲の才もあり、万能の天才。私の子ですから仕方ありません。ただでさえ容姿端麗なのに。目立ちますよね。しかし誰よりも桐壺更衣を理解している弘徽殿女御であればこそ、光る君のそれらの才能のどれをも優しく、愛しく、微笑んで接してくださいました。つまり格別どうということもなく、人並に褒めてくれたのです。光る君、嬉しそう。満面の笑顔を彼女に向けます。彼女も嬉しそう。満面の笑顔を光る君に向けます。羨ましいなあ。死んでしまった私はそう思いながら、ここで微笑んでおります。
「お母さま」
光る君は兄弟だちと同じに弘徽殿女御をそう呼びます。
「お母さま」
 寂しいけれど、彼女がいるから安心です。私、死んでから四年が経過したのか。少し歳をとった彼女が眩しい。私は永遠の十代だから。

いいなと思ったら応援しよう!