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桐壺登場 その三十二 光る君の元服式(後半)をライブ感覚で語る

その三十二 光る君の元服式(後半)をライブ感覚で語る

 さあ、左大臣から加冠を受けた光る君、只今、御休所でお着替え中です。しばらくお待ち下さい。これで今までの子供服から大人服へと変わるわけです。この待ってる間が何とも言えずエモいですね。あ、光る君、いえ、源氏の君、登場です。黄色です、黄色縫腋袍です。そして拝舞の礼、拝舞の礼が始まりました。ああ、皆さん、光源氏、舞っています。何と美しい。何と尊い。感動の溜息がそこかしこから聞こえてきます。ああ、これぞまさにニュービギニング、皆さん、皆さんにこれが届いていますか、清凉殿東庭よりお送りしております。
 どうですか、桐壺さん。

 どうって別に。

 え?

 普通ですね。

 で、でも、この辺はどの本にも、源氏の君は美しくとか、一層美しくとか、実に見事でとか、書いてありますよ。

 美しい?どこが?

 だ、だって、みんな、感動して泣いてますよ。

 うーん、光源氏って、本当に美しいのかしら。

 何と!

 ほら、よく見て下さい。同じ年頃の親王たちとそんなに変わりませんよ。

 ちょ、ちょっとどうしちゃったのよ、桐壺さん、あなた今まで散々、美しい美しいって言ってきたじゃないですか。

 はい、言ってました。そう思ってました。でも私、死んで、ここでこうして全体を眺めてみて、そしたら存外、そうでもないことに気がついたんです。光源氏、普通です。

 爆弾発言ですね。

 はい、すいません。

 いえいえ。じゃあ、みんな、何に感極まって泣いちゃってるんでしょう。

 それが怖いです。

 光源氏がビジュアル普通だとしたら、私たちはこれから『源氏物語』をどのように読んだらよいのでしょうか。

 そういうキャスティングで読んでみて下さい。

 そんなこんなで式が終わって、いよいよ饗宴が始まるようです。みんな好きですよね、こういうの。

 いやいや、実はそうでもないんです。これがストレスの平安人、結構多いんです。

 やっぱり!

 大御酒参る!まさに瑞穂の国です!

 こういうのはやっぱり稲作、あ、光る君、いや、もう源氏の君でしたね、源氏の君も下侍から出てきて親王たちの末座に座りました。第二皇子だけど臣下に下ったから末座です。臣下に下ったけど親王の席です。この辺もモヤッとしてますね。

 はい、せめぎ合っています。

 ちなみに。

 はい、下侍(しもさぶらい)というのは清凉殿の殿上の間の南にあります。

 おや、左大臣が源氏の君に何かささやいていますよ。そして源氏の君はうつむいてリアクションに困っていますね。何でしょう。

 添い臥しです。

 何ですか、それ。

 結婚です。

 えー!?左大臣が?源氏の君と?結婚?

 違います。左大臣の娘が、です。

 あ、例の!

 そうです!

 成程。それで左大臣、ああして帝のお召しを受けて御前に参上しているんですね。あ、帝つきの命婦から何か受け取りましたよ。あれは何ですか、桐壺さん。

 帝からの御褒美の品です。白い大袿に御衣ひとそろい。婚約のしきたり通りです。

 そうですか。勉強になります。帝の御歌。続いて左大臣の御歌。まさに平安社会ですね。

 この後、左大臣は御礼の拝舞をします。あまり知られてないみたいですが、平安人、お礼というと何かと舞います。

 本当だ、舞ってる。馬とか鷹とか立派なのを帝に献上して、左大臣、すっごい舞ってますね。ははあ、左大臣にしてみれば、ずっとずっと狙ってた、いわば長年恋焦がれていた片思いの相手を、自分の娘を使ってやっと公的に手に入れたわけですからね。このトランス状態もさもありなんてわけですか。

 屈折した平安人によくあるハラスメントです。

 平安時代では十二歳で元服、結婚はよくあることなんですか。

 嘘です。いつもいつも時代のせいにしないでほしい。

 嘘なんですか。

 嘘でもないけど。だから自作自演なんです。

 自作自演って、一体、誰の自作自演なんですか。

 分からない人は分からなくっていいです。

 ところで御階のところにズラッと親王たちが並んでいますが、あれは何ですか。

 あれは下賜の品々を貰うためです。身分に応じて分けていただけるのです。それで並んでいるのです。

 あっ、皆さん、ご覧下さい。何ということでしょう。この凄まじい折櫃物!籠物!これらはいずれも元服者から帝に献上された品物なんです!え?あれ?元服者から?って、ちょ、ちょっと待ってよ?じゃあ、これらを準備したのは一体誰なの?
 え?
 右大弁?
 何と!右大弁です!

 そうです。右大弁が帝の御指示でこのように整えていたのです。

 帝の御指示で!右大弁が?春宮の時よりも断っ然、勝っている!こんなことって!酷い!酷すぎる!

 皆さん、恋とか愛とか皇子様大好きの皆さん、よく見て下さい。光るように美しい光る源氏の君というのは、あそこにいる普通の男の子のことです。あの子の目に、この日、お前の元服だといって何が映ったのか、私はそれを皆さんに知ってほしいのです。

 以上、現場からでした。

 

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