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雪解けの頃に【5】

公園の桜の蕾も少しずつ色づき始め、町全体が春の訪れを待ち望んでいるようだった。ある日、いつものように喫茶店「風待ち亭」で珈琲を楽しんでいると、年配の男性が僕のテーブルに近づいてきた。彼は、僕にとってこの町での顔なじみの一人だった。

「この町で春を迎えるのは二度目かい?」と彼が尋ねる。

「ええ、昨年ここで過ごした春が忘れられなくて、また戻ってきました」

彼は満足そうに頷くと、遠くを見つめるような目で話し始めた。「若い頃は、ただ春が来るのが当たり前に思えてね。だが、年を取ると春が特別なものに感じられるようになるんだ。毎年、同じようでいて少し違う。それが、なんだか愛おしくてな」

その言葉には、この町で長く暮らしてきた人々が持つ深い愛情が滲んでいた。僕もまた、この町の風景や人々の暮らしに触れたことで、同じような感覚が芽生え始めているのを感じた。

窓の外には、まだ蕾の桜並木が続いている。やがて満開の桜がこの町を彩る日が待ち遠しくなり、僕もまたその瞬間を共に迎えたいと思うようになった。日が進むごとに、町中の桜の蕾がさらに膨らみ、人々の足取りにも軽やかさが増しているようだった。その日、田島さんが僕の席に珈琲を運びながら、ふと立ち止まり話しかけてきた。

「この町でこうして長く店を続けているとね、毎年の季節が少しずつ違って見えるんだよ」と田島さんが語り出す。「桜の咲き方や、風の匂い、通り過ぎる人々の表情まで、微妙に変わっている。でも、それがまた良くてね。いつも新しい気づきがあるんだ」

彼の言葉には、長年この町で過ごしてきた人だけが感じる「変わらないもの」と「変わり続けるもの」への深い愛情がこもっていた。田島さんの話を聞きながら、僕もこの町が持つ不思議な魅力を改めて感じる。

「この店も、この町も、いつまでも同じようでいて、少しずつ変わっていくんですね」と僕が言うと、田島さんは小さく笑って頷いた。

「そうだね。それでも、ここに帰ってくる人々がいる限り、この町は変わらずにいられる気がするよ」

その言葉を聞いて、僕は何とも言えない温かさが胸に広がるのを感じた。自分もまた、この町の一部に少しずつ馴染んでいるのかもしれない、そんな気がしていた。

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