荒れの原因を作っているのは技術の足らない教師である
子どもの不規則発言(自分の言いたいことを、挙手もせずに自由に発言する状態を指す)に対しては、対応しないというのは、基本中の基本である。これは特別支援の観点から見ても「当たり前」のことである。不規則発言に教師が反応すると、発言した子どもは「反応があった」ことで、不規則発言を肯定化するのである(もちろん、本人には悪気がない)授業中に、授業の進行とは関係なく、思ったことを何でも発言して良いと学んでしまうのだ。
以前、研究授業でまさに上記のような授業をみたことがあるのだが、授業を見ながら「この状態を元に戻すのは大変だな…」と素直にそう思った。
よく「学年カラー」という言葉を聞く。6年生は話が聞けないとか5年生は話が聞けるとか…こういう状況は実際に存在する。その原点は1年生の指導にある。(そういった意味で1年生の担任が誰か?というのは学校運営上とても大きな問題なのである)
ところが実際には1年生のときからすでに不規則発言が定着していまっている場合がある。これを修正できるのは2年生の4月しかない。学年が変わった場面で一気に学習規律を定着させるのだ。これが分かっている2年生担任は「はいはいそうですか」と修正に取り組んでくれるのだが、もちろん修正できないことも多々ある。
あとはお分かりであろう。たまたま力のある教師の学級に所属することのできた子ども達は学習規律についてまなぶことができるのだが、当然最後までハズレ続ける子も出てくるのである。こうして6年生になってしまうのである。ついでに言っておくと6年生でも修正できなければそれは中学校でも続くというわけだ。
今の学校は(まぁ昔もだが」こうした「運ゲー」みたいなところがあって、教師との巡り合いによって子ども達は幸福にもなり、不幸にもなるのである。