ロカストリレー連載⑥ 谷美里 「歓迎すべき侵入者について」
新年度を期にスタートした、ロカストプラスのリレー連載。編集部員が交代で、月に一度エッセイを執筆します。第6回の担当は谷美里です。
1.
わが家のとなりに、小学一年生の男の子がいる。この子がなかなかに魅力的で面白い。実にいろいろなひとり遊びをする。飛び跳ねる虫を追いかけて(多分)、そこいら辺をぴょこんぴょこんと不規則に移動していたり、かと思えば、自転車の空気入れをシュコシュコと飽きることなくいじっていたり(自転車に空気を入れているわけではない)。もちろん友達や家族とボール遊びなんかをしていることもあるけれども、私が見るに、彼は謎のひとり遊びをしているときのほうが、よりすさまじい集中力を発揮している。
そんな彼の中には、まだ幼いからだろうが、おそらく「庭」という概念が存在しない。わが家もとなりの家も私道に面しており、敷地が完全に塀で囲われていないために、「庭」というものを意識しにくいのかもしれない。あるいは、何かに夢中になると、「庭」なんて概念はすっかり彼の意識から退いてしまうのかもしれない。いずれにせよ、彼はわが家の「庭」に勝手に入ってくる。
先日も、私が出かけようと自転車をこぎ出した途端、後ろから「ねえ待ってー!」と呼び止められた。ふりかえると、その子が上半身裸で(なぜ裸?)追いかけてくる。私が自転車を下りて「なあに?」とたずねると、「ちょっと来て」というので、彼の後をついていけば、そこはわが家の庭だった。庭のすみに、紙箱にネットをかぶせてつくったらしい即席の虫かごがあった。「トカゲの赤ちゃん!」彼が得意げに言った。恥ずかしながら、私はトカゲの赤ちゃんをそれと認識して見るのははじめてだった。思ったよりもうんと小さい。私と彼は、しばらくの間無言で、トカゲの赤ちゃんに見入っていた。
こんなことがあってから、私は二つのことについて認識を新たにした。一つ、うちの庭には、まだまだ私が存在を認知していない生物がたくさんいそうだ、ということ。二つ、わが家の庭のあれこれを発見して教えてくれる小学一年生の彼は、歓迎すべき侵入者だ、ということ。
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