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終わる世界の終わりなき日常――#2おもかげ 灰ミちゃん
はじめて好きになった人の影を追い続けるなんていかにも思春期を引きずった男の子にありがちで、目の前のひとりの人を見つめることのできない身勝手な振る舞いだと思うけれど、そんな人たちのことを嫌いになれないのはわたしがそうだからなのか。
わたしが最初に好きになったのは男の子ではなく女の子だった。中学生の頃。憧れていただけだったのかもしれない。というか、そうだ。それ以来、女の子を好きになったことは一度もない。
わたしは彼女の真似ばかりしていた。
彼女が吹奏楽部にいたから音楽を始めた。彼女がよく読んでいたから本を読み始めた。
先日わたしは音大の作曲科の博士課程に合格した。これからは博士論文の準備をしながら音楽を制作していくことになる。これも全部彼女の真似から始まったエコーだ。
笑顔がとても綺麗だったけれど、男の子たちはあまりそのことに気がついていないようだった。みんな子供だったのだと思う。わたしだけの秘密だった。
三年の終わりくらいから彼女は少しずつ精神に不調をきたし始めた。なにが原因なのかは知らない。よく見せていた笑顔を見せなくなって、保健室に篭りがちになった。彼女の友人たちもあまり彼女の話をしなくなっていった。わたしは彼女とたまに話すクラスメイトでしかなく、なにもできなかった。わたしは彼女の何者でもなかった。そのままわたしは彼女とは別の高校に行った。
たまにゾッとすることがある。例えば夜の仕事で傷ついて、そんな日ほど肌の調子だけはよくて、メイクがうまくいった時とか。
鏡を覗き込むとわたしは彼女のようになりたかったんだなと思い出す。今でも彼女の真似をしているのかもしれない。笑っている。
「わたしみたいになりたかったんでしょ?」
だからこれは甘酸っぱい喪失感なんかじゃない。
それは喪失ではなかった。そこには最初からなにもなかった。そして彼女に感じていたものが恋愛感情なんかじゃないとわかった時、これは「実現しなかった関係の喪失」のような感傷的な主題でもないことに気づいた。
これは「喪失感のない空白みたいななにか」としか言いようのない記憶だ。
わたしたちは世界に個人的なおもかげを見てしまう。だから、ただ一つであるはずの生はいくつもの仕方で何度も反復される。
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