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【特別掲載】 せめて、よい夢を。――代々木会館から考える『天気の子』論―― (1) 高橋秀明

この文章は、『アニクリ』に掲載された編集部員・高橋秀明の論考を、アニクリ編集部のご好意によって再収録したものです。アニクリ編集部の方には、改めて感謝を申し上げます。(LOCUST+編集部)

1、地理論 代々木・神宮・新宿

(1)存在しない風景――みっつの「せい」――
 なぜ2021年の夏の東京に代々木会館が描かれているのだろうか。2021年の東京には代々木会館は存在しない。2019年の8月から解体工事が始まり、2020年の1月に終わるためだ。
 これはもちろんミスではない。新海誠は、そのタイトルにも表される「天気」との交流を果たす神秘的な場として、冒頭以来、幾度も代々木会館を画面に配置する。公開時現在(2019年7月)はかろうじて存在する一方で、現実の2021年にはほぼ確実に存在しなくなるはずの代々木会館を。では、それはなぜだろうか。
ここで手がかりとなるのは、新海誠の持つ、現在を忠実に写し取る地理に対する並並ならぬこだわりととともに、今ここにある現実以上に美しいものとして描き出すその筆致である。後者については『言の葉の庭』や『君の名は。』など過去作における都市風景を見れば明らかであろうが、こと前者については、今回、本棚画像の「流出」によって大きな注目を集めたことが思い出される。
 新海自身がtwitterに投稿した本棚の画像には、自身の小説とともに中沢新一の『アースダイバー 東京の聖地』、三橋順子の『新宿「性なる街」の歴史地理』などが写り込んでいた。実際にこれらの本を並べてみると、いかにも『天気の子』の内容に反映されているように思えてくる。ここから、いわゆる「匂わせ画像」として話題となったわけだ。
 現在の、現実の地理を、その成立に遡った上で、あるフィクション作品の画面の中に、現実以上に突出した(美しい/ダークな)ものとして生成すること。作中の2021年現在から手前に、2020番目の年から一つ一つ順に遡ってその起源へと遡行した上で、現在の姿を別様に浮かび上がらせるかのように。本稿のみるところでは、このことが冒頭の「なぜ2021年の夏の東京に代々木会館が描かれているのだろうか」という問いへの回答へと繋がるはずである。そして、そのためには、みっつの「せい」に関するピースを揃える事が必要になってくる。では、まずひとつめのピースである「聖」地についてみていきたい。

キリがないが言うよ 君がいい理由を
2020番目からじゃあ言うよ
『祝祭 feat.三浦透子』

(2)明治神宮外苑の両義性と村上春樹における責任ーー聖地からーー

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