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本日のSS席を求めて

小学校1年生のときに、エレクトーンを習い始めたのをきっかけに、中学校や高校では吹奏楽部に入るなど、子どものころから何かと音楽と縁のある生活を送ってきた。
 
高校時代、クラシックのコンサートを企画していた知り合いがいた。あるとき、ミーハーなわたしは、大ファンだったプロの管楽器奏者のツアーに2日間ちゃっかり同行させてもらい、緊張と興奮が入り混じった時間を過ごした。
 
そのときに、関係者としてリハーサルを聴くこともでき、一番いい音で聴こえる座席を「今日のSS席はどこだろう?」と調査した。もちろん、普通はリハーサルを聴いて、自分がいいと思った席でコンサートを聴くことはできない。行き慣れた劇場なら、その席にいい音が飛んでくることを把握した上でチケットを購入するが、初めての会場の場合、座席選びは賭けみたいなものだ。これまでにその賭けに何度負けたことか…。
 
劇場の多くは、座席によって音の聴こえ方がまったく違う。主催者が設定したS席で聴こえる音が自分の好みの聴こえ方とは限らない。安い席のほうが音響的にはすばらしい会場もある。クラシックなどの生音のコンサートでは、最前列から数列が一番高いチケットのカテゴリーとして販売されているのに、そんなにいい響きではなく、ステージも見えにくいなんてことは多い。
 
さて、短大卒業後、わたしは劇場のスタッフとなり、ただ音楽を楽しむ人からどうすればお客さんに公演を楽しんでもらえるのか、劇場に足を運んでもらえるのか?を考える人になった。そのころ、仕事以外にも本当にたくさんの公演を鑑賞していたのだけれども、常に仕事に還元することを考えてしまい、純粋に音楽を楽しむことはできなくなっていた。
 
そんな職業病を経験してから20年ほどが過ぎた。その間にカナダへ移住し、出産などを経て、劇場に行く機会は減った。コンサートに行くとしても、息子が楽しめる公演を選ぶようになった。子どもがいなければ、子ども向けのコンサートになんて、わざわざ行くことはなかっただろうから、それはそれでいい経験だった。
 
今では息子が中学生になり、聴ける音楽の幅が広がった。今年の6月はモントリオール国際ジャズフェスティバルでジャズピアニストの上原ひろみさんのコンサート、8月はモントリオール交響楽団の『カルミナ・ブラーナ』公演を2人で聴きに行った。会場係のサービス、会場の空調、開演前のアナウンス、休憩時にドアを開けるタイミングなどはもう気にならなくなった。ただただ音楽を聴くのが楽しかった。
 
とはいえ、ライブ音楽にどんなに飢えていたとしても、どんなコンサートでも、どんな座席でも楽しめるわけではない。好きな音楽を、その日の一番いい席で聴きたいという気持ちは高校生の頃と変わらない。モントリオールは、上質な音楽を気軽に聴くことができる環境が整っている。子育てが少しだけ落ち着いた今、これからは仕事を少し減らして、本日のSS席を求めながら、いろいろな場所でさまざまなコンサートを聴きたいと思っている。

#ウェルビーイングのために

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