「経済合理性至上主義経営」から「利他」と「共感」の『ヒト至上主義経営』への思考の転換

  さる5月5日、「一般社団法人Future Center Alliance Japan」から「一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏、 日本工学アカデミー 小泉英明氏 による緊急提言 After or Together COVID-19には「利他」と「共感」のスピリットを」が公表されました。
 この緊急提言は、2020年4月21日及び5月3日のzoomによるシンポジウム、セミナーに基づいてまとめられたものです。

 新型コロナウイルス感染症への対応に翻弄されたこの数ヶ月程、「経営とはなにか」を問われたことは無かったのではないでしょうか。
 「経済合理性を追求し、利潤極大化を目指す」。自由主義社会、資本主義社会の事業経営においては当然のことと考えられていたことが、多くの人々によって否定されました。これは大きな変化です。

 新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃、マスクの転売が大きな問題になったことは、まだ記憶に新しいこところだと思います。
マスクの品不足により、必要としている方々は高いお金を出してでも買わざるを得ませんでした。
 売り手が売りたいと思う値段で、買い手が買うことに同意して購入する。品不足であれば、品物が豊富にある時に比べて高い値段で取り引きされる。「経済合理性を追求し、利潤極大化を目指す」という考え方の下では、別に不思議なことではありません。
 しかし、それに対して多くの人々が「否」を唱えました。なぜでしょうか?
 「他人が困っていることに付け込んで儲けようとしている」と感じたからです。そしてそれは「正しいことではない」と考えたのです。
 多くの人々が「正しい経営とはなにか?」の問に対して、「倫理観に基づいた経営」という解を突き付けたのです。

 この提言の中で一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生は「変化し混沌とする状況のなかでも、目指すべき共通善と目の前の現実の相互作用のなかで、素早く決断を下して未来を創り出す賢慮のリーダーシップがますます重要となる」と述べておられます。
 『共通善』とは「個人や部分的な集団が追求する善(価値)ではなく、政治社会全体にとっての公共的な善(価値)を表す観念」であり、政治学でよく使われる言葉です。
 「賢慮」は「倫理の思慮分別をもって最適な判断行為をする実践的な知恵のこと」です。
 野中先生は、「共通善」を「短期利益を追求して行くよりは中長期に物事を考え、その利益をコミュニティの関係性の中でとらえていくということ」とされ、また「賢慮のリーダーの能力」として次の六項目を挙げておられます。
①善悪の判断基準をもつ能力
②他者と文脈/コンテクストを共有して場を醸成
する能力
③個別の本質を洞察する能力
④個別具体と普遍を往還/相互変換する能力
⑤その都度の状況で、矛盾を止揚しつつ実現す
る能力
⑥賢慮を伝承・育成する能力

 また、公益社団法人日本工学アカデミー上級副会長の小泉英明氏は、「パンデミックへの対応を誤ると、悲劇的な人災としての側面が顕著になる」として、「『人類の安寧とより良き生存』(Human Security and Well-Being)の視座から、自然科学・人文学・社会科学・芸術を架橋融合して、パンデミックを契機にした新たな社会システムの構築が求められる」と述べ、そして「昨今、世界に『自己中心主義』が蔓延していたが、パンデミックは人類に謙虚さや感謝、そして国家・民族を超えた連携の貴さを取り戻す契機となり得る。忘れられた『利他主義』(Altruism)は輝きを増し、共生(ともいき)の中で他者を思いやる『温かな心』は、自己の幸せそのものに繋がることを自覚する」としておられます。

 お二人がこの提言の中で共通して述べておられることは、社会共通の善倫理の思慮分別利他主義温かな心など、従来の「経済合理性を追求し、利潤極大化を目指す」経営とは正反対の内容であり、多くの人々が「正しい経営」とした『倫理観に基づいた経営』とまさに軌を一にするものです。

 『コンプライアンス』という言葉があります。
我が国ではこの言葉を「法令(等)遵守」と翻訳してしまったために大きな誤解を産んでしまいました。
 「法律には違反していないから良い」、あるいは「従来から実施してきたことで問題はない」という言い訳を耳にすることは珍しいことではありません。
 先に挙げたマスクの転売の事例などは、まさにこのコンプライアンス違反の典型例です。
 『コンプライアンスは刻々と変化する社会的要請への対応』です。
 「社会に受け入れられなければダメ」なのです。しかもその「社会」は、時々刻々と変化しています。
 刻々と変化する社会的要請に対応していない「経済合理性を追求し、利潤極大化を目指す」経営は、コンプライアンス違反、もはや時代遅れです。

 「利他と利己を動的に総合することを唱え、実践した多くの先人がいる。『三方よし』に代表される日本的経営の原点を、スクラムを組んで再構築し、世界に発信すべきときであろう。」という野中先生のこの提言を締め括る一文は心に響きます。

 『社会共通の善』『倫理の思慮分別』『利他主義』『温かな心』、あるいは『三方よし』『倫理観』などに共通するものはなんでしょう?
 それは『価値観』であったり、『賢慮』『知』といった『ヒト』と密接に関わる、『ヒト』と切っても切り離せないもの、『心』と言っても良いかもしれません。。
 経営の中心にいるのは『ヒト』です。
 これから求められる経営は、「経済合理性至上主義経営」ではなく、『ヒト』に根ざした「ヒト至上主義経営」です。
 今、「利他」と「共感」をベースとしてた思考の転換が求められています。
 そしてそれは、もはや待ったなしです。

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