#3 LMIの歴史 【後編】
今回も、LMIグループ代表取締役社長の永井がLMIの歴史を振り返ってまいります。
本記事は#2 LMIの歴史【前編】のつづきとなりますので、未読の方は是非前記事をご覧ください。
第3創業への兆し――ワンマン経営から組織へ
新体制のスタート
2017年のはじめに、私が新社長に就任しました。
2019年9月に東集を、11月にデザイン会社「ドラミートウキョウ」を買収。同じ時期、クレストホールディングス(現在のLMIグループ)を親会社とするホールディングス体制に移行しました。
そして2020年に入ると同時に、望田が入社。
さあ、イノベーションを起こしていくぞ――。
そんな思いで勢いよく走り出した矢先に、コロナ禍に見舞われました。
もがきながらも経営のあり方を見直す機会となったコロナ禍
リテールというリアルビジネスを主事業としている弊社は、深刻なダメージを受けました。従業員を解雇しないことだけは約束し、苦しい状況の中でも可能な限りのチャレンジをしました。正直にいえば、その時期に新しく始めた事業で大きく成功したものはなかったし、産業革新投資機構からの出資を得られなければ会社の存続は危うかった。
それでも、もがき苦しんだ経験の中から第3創業期に向けての兆候のようなものが表れてきたこともまた事実でした。
途中にも書きましたが、結局のところ私に代替わりをしても、
自分自身というオーナー社長によるワンマン経営で成り立ってきた会社です。そうした経営のあり方ではダメだということを、コロナの時期あたりから痛感するようになりました。
コロナ前の私は、自分より優秀な人材を雇えませんでした。
望田と一緒に考え出した戦略は絶対的に正しいと信じていたし、従業員は指示した通りに動いてくれさえすればよかった。
でも、望田が入社してから変わりました。
私は基本的に人を疑ってかかる性格でしたが、望田に対しては強い信頼を置いています。
彼には背中を預けることができるかもしれない。
それは私にとって、初めての感覚でした。
また、コロナの時期、出資を募ろうと駆け回ったときに、想像以上に厳しい現実を突きつけられたことも私を変えました。
自分では素晴らしい理念、将来性のあるビジネスモデルだと信じているのに、投資家からの評価は芳しくなく、出資を断られるたび私は鼻をへし折られました。
優秀なメンバーたちと共に
『ONE PIECE』の主人公・ルフィが言う有名なセリフの一つに、次のようなものがあります。
「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」
私もルフィの考え方に一歩近づいたということかもしれません。世の経営者が皆そうしているように、自分よりも優秀な人材、信頼できるメンバーを周りに置き、力を借りて、大きなことを成し遂げる。
そんなふうに考えられるだけの器が自分にも備わり始め、それに伴ってワンマン経営から脱却できたのではないかと思います。
今では、望田のみならず優秀なメンバーが、中から育ってきたり、新たに加わったりしています。
それぞれの事業を責任者に任せることができています。
2022年3月、クレストホールディングスからLMIグループに社名を変え、同年12月には各子会社を吸収合併。
2024年は、TOSHU事業とインナチュラル事業を各業界のリーディングカンパニーに譲渡し、インストアマーケティングソリューション事業部とリテールメディア事業部をコアとして、ついに社名にまでなった「LMI=レガシー・マーケット・イノベーション」の実現に向けて邁進する毎日です。
こうして振り返ってみると、ドラマだったなと思います。
順調だと浮かれた瞬間に崖っぷちに立たされ、もうダメだと思った限界のところでギリギリ助かってきた。
見ている方はハラハラするかもしれませんが、私はもはや慣れてしまって、すっかり胆力がつきました。
まだまだ志半ば。弊社のこれからにご注目いただければ幸いです。