#4 銀河の犬と水玉~曼珠沙華の伝言~
第2章 出逢い
運命の犬予言
彼女の存在を知ったのは東京のあるセラピストの一言だった。
「あなたと出逢う為に待っているわんちゃんがいますよ。今すぐじゃなくていいんですけど、飼える状況が整ったら逢えると思いますよ。」
我が家で代々飼ってきた犬は全員捨て犬だった。今では保護犬と言うべきなのであろうが、捨てた人間がいると言う犯罪の上で成り立つ事なので私は敢えて捨て犬と表記する。
私は犬の中でも中型犬と大型犬が好きだった。
特に雑種の可愛さには何とも言えない愛らしさが詰まっていた。
我が家の犬達
我が家の初めての犬は茶色の柴犬だった。
近所で飼われていた犬が成犬になってから事情で飼えなくなり、我が家に来たのだった。
名前はコロ。前の家で付けられた名前をそのままで。
まだ幼かった私には柴犬はとても大きく、じゃれついて飛びついてくるのがとても怖かったのだった。
あまり遊んだ記憶が無い。
二代目は私が小学生にあがった頃。
おばあちゃんの家で生まれた仔犬の中から一匹貰い受けたのだった。
白に少しだけ茶色が混ざった雑種だった。。
その時読んでいた漫画の中に出てくる犬と同じ名前を付けた。
「チム」
父の手作りの大きめな犬小屋の中に藁を敷き詰めて快適だった為に私はしばしばその部屋にお邪魔していた。
チムと私が二人で入っても余裕はあったが、流石に横になれる程のスペースはなくなり、チムは少し困っていた時もあった。
私がチム用に作ったお弁当を残さず食べてくれた。
初めての私の犬だった。
そして三代目の犬は父親が連れてきた。
まさに、今から川に捨てに行きます、という人から貰ってきたのだと。真っ白な雑種だった。
まだ目が開ききっていない小さな仔犬だった。
小さい時は家の中で飼っていたので家族の中で一番小さな私は犬にとっても自分より下の一番下の存在と位置づけられ、朝はまだ布団の中にいるうちから、私の顔の上を走っていく。
痛いし重いし、災難だった。
小さな彼はチビと呼ばれ、そのまま名前となった。
そして四代目が彼女だった。
初めての女の子。
男の子だと思って譲り受けたのに、病院へ連れて行ったら女の子と言われて、女の子は飼ったことが無かったので狼狽えたが、もう、待っているわんちゃんはこの子だと初めから分かっていたので男の子と交換……とは思えなかったのだった。
この子でなければダメだったのだ。
初めから。
見つけてくれた友達
彼女は兄弟3匹でダムにいた所を、友達が見つけたのだった。
携帯に送られてきた3匹が映った写メの、一番奥にビビりなのか神経質なのか、申し訳なさそうに顔を出している彼女をみて、「この子だ」と一瞬でわかった。
もう迎えに行く以外の選択肢は無かった。
「この子、私の犬だから」と伝えると友人は「やっぱりね。その子を見た時に連絡しなくちゃって思ったの」と答えた。
この一見奇妙なやり取りが成立するには、彼女がいつも満員電車で次に空く席を予知してそこへ連れて行ってくれると必ず座れる実績からしても私達には不思議な会話ではなかった。
3匹の子達も、友人を見つけて何かを感じたのか
「わん!」
と呼んで存在を知らせたのだった。
お迎えの時
夜になってから友達の家に迎えに行き、帰った頃には両親はもう寝ていた。計算通りだった。
私の部屋にダンボールをおき、その中にタオルを入れて、一晩一緒に寝てから、朝、抱っこをしていつものように「おはよう~」と降りていった。
「なんだその犬は!!」と言われたそばから「今日からうちの子だから」と言って後は全てスルーした。
彼女を迎えに行く車に乗って走り出してから雨が降り出した。
それから一週間雨が続いた。
彼女の名前が決まった。
lluvia(ジュビア)
スペイン語で雨という意味だった。
白毛で耳がうす茶色。
季節によって背中が白っぽかったり茶色っぽかったりした。
何色でも彼女は世界一かわいいのだった。
毎日、毎日かわいいのだった。
3匹で一緒に居たのに自分だけ引き離されて怖かったんだろう彼女は、友達が抱き上げて渡してくれる時にオシッコを流していた。
私の車に乗って、家まで2時間弱の道のりはずっとヨダレを垂らしていた。
どこへ連れて行かれるのだろう?この人は誰なんだろう?
運命の犬だと、私の犬だとビビビと来ていた私とは正反対に、まったく運命など感じていないようだった。
よくある「特別なストーリー」はどんなに期待しても訪れなかった。
彼女が「ジュビア」になってから、その呼びづらさに誰も本名を呼ぶものは居なかった。
近所の方々にとても人気で毎日色んな人が見に来ていた。
「名前はなんて言うの?」
「ジュビアです」
「え?」
「ジュビアです」
「ジュピちゃーーーーん」
「……(ビです)」
ほとんどの人がジュビアではなく、ジュピと呼んだ。
私にはその方が呼びづらく不自然な気がしたのだが、ほとんどの人が何故かピと発音していた。
一人だけずっと「シロ」と呼んでるご近所さんがいた。
13年間最期までシロと呼んでいた。
初めて首輪とリードをつけられ、庭に繋がれたのだった。
しかし好奇心旺盛のちいちゃなジュビアは、塀の上の柵との隙間までよじ登っては落ちて道路にはみ出している事がしばしばあった。
お隣のお兄さんがピンポンを鳴らしては「あのー。落ちてますよ……犬」と教えてくれた。
父親は「捨ててこい」と言いながらチビが使っていた犬小屋を洗い始めた。
家の中には入れない。と断固拒否され、まだ九月で猛暑も終わり極寒の前だったので庭の温度も大丈夫だったが、急に一人になって淋しくはなかっただろうか……