#3 銀河の犬と水玉~曼珠沙華の伝言~
お見送り
灼熱の空気に包まれて滴る汗だけが冷たく伝う夏も終わり、
澄み渡る青空が淋しさや切なさをより一層突き抜けさせる。
車椅子にもたれかかって
彼女が青い空へと駆けて行く様を見送りながら、何か形に残せないかとスマホの動画に少しだけ映る黒い煙を閉じ込めようと思いついたのだ。
左の空に黒い煙が上がっていく
その影が、蜃気楼のように右側の地面に透明な煙の影となり渦巻きながら流れて消えてゆく。
たった45分。
たったの45分であなたは小さな小さな骨になってしまった。
さっきまで私の腕の中にいたモフモフの君
痩せこけてしまった頬
どんなに閉じようとしてもしっかりと目を開いてくる
見たいものがあるんだね。
気になる何かがあるのかな。
彼女の深く澄み切った純粋無垢な瞳は、いつしか水溜まりの中のような曇った空を映したような、そこに何か、届かない何かが確実に蔓延っていくのをずっと見つめていた。
彼女が最期に見たものから彼女は何を想ったのだろう
どうかおどろおどろしい世界では無いように
痛みと苦しみに歪んだ世界では無いように
切り裂かれるような悲しみでは無いように
私は精一杯彼女に笑いかけたつもりだった。
それがうまく笑えていたのかはもうわからない。
彼女の苦しそうな息遣いと、肘で抑えた頭の重さ、太ももに乗ったふわふわでぬくぬくの体温がいつまでも私の身体に残っていた。
骨上げをしてくれた業者の男性が何か黒い小さな塊を持ち上げては首を傾げていた。
色んな角度から眺めては何度も凝視し「これ、何かわかりますか?」と聞いてきた。
彼女の愛用していた枕と、その枕元に置いたおやつのように見えた。
「多分一緒に入れてもらったおやつじゃないですかね」私はなんの不思議もなく答えた。
すると男性はとても不思議そうに「おやつって、普通残らないんですけどねぇ。おやつなんですかねぇ。いつも全部燃えるので、こんなに残ってるのは珍しい事なんですよ……」と尚も不思議そうにその塊を眺めては「これは骨じゃないので一緒に入らないようにこちらで処分しても良いですか?」と断りを入れてくれた。
「はい、お願いします」
そのおやつは高級な馬肉のおやつだった。
免疫力をあげる漢方のおやつだと聞いて、彼女もとても美味しそうに食べていたので、またお願いしていたのだが、火葬前に家に届き、なんとか入れてあげることが出来たものだった。
間に合うように食べさせてあげたかった。
でも、間に合って良かった。
間に合ったのか間に合わなかったのか、もはやどちらでもあり、どちらでもなかった。
ここ2、3日は、ちゃんと食べられていないので、おやつをいれてあげたいのですが……
とお願いすると「口元に少しだけ」と言われたが、丸々一袋を入れたい、と懇願して了承を得たのだった。
もう、苦しむ身体を脱いで、美味しく食べられているだろうか……
ぼんやり考えている間に、綺麗に骨が並べられた。
その中でも頭蓋骨のカッコ良さはズバ抜けていた。
まるでアートのようで、これを作品として絵に納めて眺めたいくらいだった。
とても美しくてとても神秘的であり、ずっと眺めていたいほどのカッコ良さであった。
どの骨がどの部位なのかを説明してくれた。
小さくなった歯なのかと思ったものは爪だった。
爪切りを嫌がる彼女だったが、最近は注射の痛みから爪切りはなんでもなくなっていた。
しかし、親指の爪を切ったところから出血してしまい、感染症が怖いと言われていた病状から、病院で切ってもらう事を選び、少し前に切ったばかりだった。
短く切られて焼かれるので、家で切るより痛かったと思う。
身体がしんどい時に痛いことをしてごめんね。
それでも、歩きやすいように、立ってる時に足が痛くないように、そして綺麗に揃えたかったのだ。
息を引き取ってから火葬までの間に肉球の間の毛をハサミで切った。
いつもは何も痛みがないはずなのにとても嫌がって足をひっぱって抜こうとするので切りづらく、動かないというのはなんと切りやすいのだろうか、と感心しながらも、動かない重みが伝わってきたのであった。
かわいい肉球も冷たくなっていた。