雑記(一)

私が初めて高橋和巳を読んだのは「陸機の伝記とその文学」だった。たぶん二年くらい前、陸機に興味を持ち始めた頃に教えてもらったもので、今読んでも好きな論文だ。小説にしても音楽にしても私はお気に入りを見つけると同じ作者の作品をひと通り漁りたくなる質だから、この時点で論文以外のものに手を出していてもおかしくなかった。全集も手に取ったし、氏が小説も書いていることは当時から知っていたはずだけど、残念ながらエッセイ集を読もうとして挫折した記憶しかない。どういう活動をしていた人なのかもよく分かっていなかったと思う。

で、最近になって、小説を読んでみたいとふと思い立った。暇つぶしに寄った公立図書館で蔵書を探し『高橋和巳短篇集』(阿部出版、1991)を借りたのだが、肝心の作品に入る前に、梅原猛の「序にかえて―高橋和巳の小説」に全てを持っていかれてしまった。

 私は(中略)高橋和巳に言った。「君はこんな小説を書き、文学をこのように考えているとしたら、君は死ななきゃならない。俺は、人間は死より生を選ぶべきだと思う。君が生きていくためには小説を変えるか、文学に対する考え方を変えねばならない」と言った。そのとき彼はあの恥ずかしそうなうれしそうな微笑を浮かべて、「あなたがそう言ってくれるのはうれしいが、私の文学理論は私の運命のようなものでどうにもならない。私が心の奥であなたのいうように考えたら私の作品は変わるかもしれないが、私は自己の生命より文学のほうを大事にする」と言った。「私はそうは思わない。文学より生命の方が大事だ」と言ったら、高橋は少し哀しそうに「この俗物めが」というような目で私を見て、またもとの微笑に戻った。

(9頁9-17行目、強調は引用者による)

彼の文学に対するあまりに誠実すぎる姿勢だとか、個人的に好きな先生が高橋和巳を推していた理由がちょっと分かったような気がしたとか、言いたいことはあってもこの衝撃をすべて言葉に掬い上げるのは難しい。

ともかくこうして、私は高橋の小説を読むよりも先に、高橋自身の人となりに一気に惹かれていくことになった。

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