075. ザクロはオーベルニュへの伏線
bonsoir!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。ここからわたしに強烈な印象を残したオーベルニュという地について書こうとしているのですが・・久々に「書けない」。筆がうまく進まないのです。仕方がないので、今日はこのモードのまま書いてしまいます。
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滞在記のような回想録を長く書いていると、人の記憶というのは本当に凸凹で歪な形をしているのだなということがよくわかる。スルスルとテンポ良く書けてしまう部分と、書く上でものすごく強い摩擦を受ける部分とがあるのです。
ただ書き続ける上で決めているのは、摩擦係数にふられて書くペース変えない、ということ。毎週金曜日配信というリズムを守って淡々と、今感じていることをできるだけそのまま書きつづけます。後々振り返ると、書けない時は書けない時なりの良さがあるなとも感じられます。
書けなくなった時に逆にやってみることがある。それは時間の向きを変えてみるということ。過去の記憶を思い出そうとするのをやめて、今感じていることから過去の記憶につながるものを探してみるのです。すると今回は、オーベルニュへ出発する前に夫と娘がマルシェで買ってきたザクロの色彩がじわっと脳裏に広がった。
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2020年2月末。オーベルニュ地方へ旅に出ようとしていた前日のこと。娘と夫がマルシェで大きなザクロを買ってきた。
ザクロって、何となくいわくつきというか、わたしの中でちょっとおどろおどろしい魔界の禁断の果樹という印象がある。まず初めに思い出すのが『4粒のザクロの実』という神話。冥界の王ハデスに連れ去られたベルセポネが地上に戻る際にザクロの実を4粒食べてしまったことで、一年のうち3ヶ月は冥界で過ごさなくてはならなくなり、それによって冬が生まれたという話。
あとは、初めてザクロジュースを口にした時の記憶。更年期障害に効くとかで、ある日冷蔵庫を開けると母が買ったザクロジュースが入っていた。ザクロの大きな写真がバーンとプリントされたショッキングなパッケージが隣にある牛乳パックの存在感をまるっと飲み込んでいた。実際にどんな味だったかは覚えていないのだけれど、好奇心半分で口にした瞬間に身体中に衝撃が走ったことだけは覚えている。その後、全然中身が減らないまましばらく牛乳パックの隣にどどんと鎮座しつづけていたので、冷蔵庫を開けるたびにその強烈な印象が幾重にも増して刷り込まれてしまったのだと思う。
「これってどうやって食べるの?」
「わからん。とりあえず潰したら飲めるかなぁ?」
ジップ付きのビニール袋に入れられてギュウギュウと上から圧縮され、赤い汁が袋の中に広がるたびにザクロにまつわる思い出が滴り落ちるかのようにフラッシュバックしてきた。肝心な味は・・またしてもあまりはっきりとは覚えていないが、独特のえぐみは感じたものの、幼い頃感じたような身体中を駆け巡るような衝撃を感じることはなかった。
だが、このザクロの感覚が、数時間後に出かけるオーベルニュへの旅を暗示するようなものだったのかもしれないと今では振り返る。
・・つづく。
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