オス豚の憂鬱(後編)
憂鬱すぎるオス豚の運命は、前編のとおり。
彼らを取り巻くこれまでの慣習や文化、そして現在の不運としかいえない状況のために、若干面倒で不遇な存在として悩みのタネでした。
苦悩と苦闘
さて、去勢されていないオスの黒豚たちが暮らす北海道日高町の山奥、CURLY FLATS FARMでは、現状、どのように管理されているかという話。
まずは母親が出産し、離乳までのあいだ(個体差があります。)は、子豚たちはオスメス一緒にママと育ちます。
生後だいたい1ヶ月以降、母親の負担度合い、成長度合いをみてから離乳させ、外の放牧地に出す前に、地元の家畜自衛防疫組合による豚丹毒のワクチン接種を受けさせます。
この時点で、オスメスを分けます。
オスは子供のうちは一緒に育った兄弟・従兄弟と集団で暮らしますが、体が大きくなってくると数頭ごとに分けられます。
そしてだいたい8ヶ月程度で出荷されます。
この形に至るまで、それはそれは悪戦苦闘の連続でした。
以前は母豚が妊娠すると、そのまま放牧地で過ごし自然に出産・育児をしていました。
子供たちは、母親の気の済むまで授乳され、すくすくと育って行ったのです。
しかし、早い子で5ヶ月もすると性機能の発達のスピードが上がってきます。(特に若いオスが近くにいる場合はさらに早くなります。)
そうすると、同じ群れのメスを妊娠させるようになります。
人間たちが数ヶ月後の出荷を見込んで準備しているメスが、まさにそのタイミングで妊娠・出産する事態となってしまうのです。
それを防ぐために、子供たちが発達を始める前に群れを分ける対策がとられましたが、これが大変。
相手は日夜放牧地を駆け回る屈強なアスリートです。
そして哺乳類屈指の高い知能。
ときに7時間、ときに2日、汗と泥にまみれて豚を追い込むことに長い長い時間をかけ、とてつもなく苦労することになりました。
追い込みケージを作ったり、放牧地を半分に仕切ったり、様々な工夫も常に相手が1枚うわてでした。
人間たちは疲弊し、予定外の妊娠が発生して頭数が増え始めました。
コロナ
もう一つ、未去勢のオスをそのままにしておいたのには理由がありました。
未去勢のオスを好んで食べる人たちがいるからです。
海外の一部の国や地域ではむしろ未去勢のオスだからこそ喜んで食べられるというところがあります。
ベトナムや中国などのアジア圏で特に多いそうです。
(後日談:中国に関しては、最近は都市化とともに去勢オスをメス肉同様に歓迎し、それに慣れてしまった経緯から、もう未去勢オスを敢えて食べる習慣はないだろう、と知り合いの中国人シェフさんより。)
未去勢オスは、日本在住の外国人、または日本を訪れた海外の観光客の滞在先への販売を見込まれていました。
そこへコロナ禍です。
コレは正直本当に参ったよね
語る言葉がないくらい参ったよね
(この期間のことは本当に口にすることもできないほど苦労したので、この先も口にすることはないと思います。)
光明
幸い、長い苦闘の間にいくつか希望が見え始めました。
ファーム では商品ラインナップの一つとして、ペットフードを企画していました。
在庫となってしまったオス豚は脂肪分が少ないことから、その原材料として活用しようということになりました。
その獣臭はむしろ犬たちには魅力的です。
苦悩の中でも、なんとか彼らにも価値を見出したいし、生まれて食に供されるからには、きちんと使い切ってやりたいという思いがあったので、なんとかして自分たちで使ってやろうと本格的に試作を始めました。
また、人間用のベーコンやソーセージの材料として風味がついていると、去勢していないオスの肉であることは問題とならなくなりました。
もうひとつの光明は、身近なところから訪れました。
開設以来、うちの黒豚たちに長芋の一種「だるまいも」やかぼちゃ、トマトを折に触れて大量に分けてくださっている北海道むかわ穂別の四代目中澤農園さんから、ベトナム人の従業員さんがいることを聞き未去勢オス豚を試してもらうことになったのです。
従業員さんから近隣在住のお友達にも伝わればと期待通り、ありがたいことに少しずつ注文が入るようになってきました。
この苦闘の期間、本州で養豚場から大量の子豚が一夜のうちに盗まれ、それと直接関係するのかは不明ですが、ベトナム人が逮捕されるという事件を耳にし、うちのオーナーは考えました。
「そんなに豚肉が好きなら、日本で働くベトナム人にうちから安く正当に手に入るようにしたらどうだろう?」
彼らの身元を管理しているような団体に寄付も検討しましたが、やはり一番は直接お渡しできることです。
コロナ禍の余波も残る現状、できる限り安い値段で1頭売りを始めることにしました。
オス豚たちを喜んで食べてくれる人たちが見つかりました。
新しい仕組みの導入
そして新たな光は、コロナ後に買い取った隣家の養豚場跡です。
ここはかつて有名な養豚場でした。
近代的な設備や古いけれどよく考えられた畜舎がまだ残っていました。
初めはただ、放牧地で生まれる小さな子豚たちがカラスに狙われないよう、母豚が安心して出産に集中できるように分娩・子育ての一時避難所として使うつもりでいました。
そこから、離乳や予防接種、オスメスを分けるなど、いままで放牧地で人手と時間を多大に要していたプロセスをその豚舎内で(まだ子供が手掴みできるぐらい小さいうちに)完結させるという仕組みができ始めました。
放牧することだけに囚われずに、必要であれば屋内で過ごす時間もあっても良いのだよね。
私たちは体力も時間もセーブすることが出来、母豚も安心してゆっくりリカバーすることができます。
実はこの設備の導入と、仕組みを変えたことが大きく私たちを救いました。
(舎飼といわれる、畜舎内のみで豚が一生を過ごすタイプの養豚が、どれだけ人間に負担をかけず、その分ほかのいろいろなことに手が回る時間ができるかを初めて体験したといっても良い。それをやりたいかどうかは別として。)
未去勢オス豚の肉
さて、このような紆余曲折のなか少しずつその価値が復権されつつあるオス豚たち。
そのお肉は、本当に臭いのでしょうか?
本当に水分が失われ風味が良くないのでしょうか?
これまで、未去勢のオス豚はその雄臭のために、食用としては非常に価値が低い、嫌がられるものとされてきました。
しかし、EU各国では麻酔なしでの去勢禁止が導入されて以来、いろいろな取り組みがされるようになってきています。
雄臭を低減する育て方はないのかとか、調理法は?とか食肉に携わるいろいろな人たちが工夫をしようとしているようです。
いくつか参考にできそうだったのは
というような環境面の対策です。
そして、8ヶ月程度で出荷した、未去勢のオス豚はどうだったかというと、
まず、運搬した業者さんがと畜場の枝肉の処理現場を訪問し、作業に当たった職人さんに確認したところ、
全く不快な匂いはしなかったという話。
そしておそるおそるスライスして料理したお肉はどうか?
不快な匂いどころか、黒豚の誉高いやわらかな甘みのある美味しいお肉でした。
これまでにもネット上で、ブラインドテストの結果、去勢・未去勢の差に気づかなかった人が多かったという調査を読む機会はありました。
そして、在庫となったオス豚の中には、仲間とのいざこざが絶えない(安定した群れの運営がされていない)群れから出荷したものにはかなりきつい雄臭がついているものがありました。
なので、雄臭が存在することは間違いありません。
ただし、環境次第で低減してやることはできそうです。
これからはKUROBUTA BOAR だぜ
というわけで、多くの人たちが忌み嫌う未去勢のオス豚ですが、
わがCURLY FLATS FARMでは、苦闘の歴史を経てもなお、あえてそのままで行くことにしました。
なぜかというと、言われていたほど悪くないからです。
美味として名高いバークシャー種黒豚として十分に価値ある味わいだからです。
価値ある命として、一部は加工品材料、脂肪分の少なさを活かしてペッドフードのメイン原料、そして、もちろんその多くはベトナム人のみなさんにも好評な精肉となってありがたく存分に使い切る道が開けてきました。
彼らオス豚は、私たちのファームに限っては今やメスたちと同等の価値ある存在となりました。
そして、これからも環境面、仕組みの面で工夫をすることで、美味しさと品質を追求していくKUROBUTA BOARというひとつのブランドが与えられることになりました。
「BOAR」は一般的には「猪いのしし」を指しますが、じつは「オスの豚」という意味でもあります。
https://curlyflatsfarmstore.raku-uru.jp/lp/5