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認知症の詩(うた)② 夢と現の間に

 何が正しく、何が間違っているのか。
 彼が「正しい」と言っているのは、世間がそう言っているからであって、彼自身は何も考えていない。

 彼女が「間違っている」と言うのは、まわりの意見に合わせているだけで、彼女自身の意見ではない。

 自分を失くしていることは、ボケてる人も、ボケてない人も、同じではないか。

 何のために生まれたのか、何のために死んでいくのか、われわれは何も知らない。
 気がつけば、自分がここにいると自覚する。
 気づかなくても、そこに存在していることには変わりない。

 自覚があるかないかの違いは、何も認知症に限った話ではない。
「健常」な人だって、自分が生きているかいないのか、自覚のない人はいっぱいいるだろう。

 しかし誰かが言う、「認知症は病気なんですよ」
 誰かが言う、「老い、でしょう。自然なことじゃないですか」

「自分が誰かも知らず、ここがどこかも知らず、何歳かも分からず、今日が何日かも分からないんですよ」彼が言う。

「分かったところで、どうなるというんです?」誰かが言う、
「生きているじゃないですか。立派に、生きてるじゃないですか。」

 見ている景色が、違うのだ。

 われわれが言い争っている中で、ひとり、その人は争いに加わらない。
 ひとり、頭の中に旅立っている。
「健常」者だって、ひとりひとり、頭の中で生きているようなものだ。