稽古場に挑む準備


はじめに

 実際に今度やらせていただく三好十郎の「獅子」の登場人物、馬場圭太郎に如何に寄り添うかを考える事で、準備の一例を共有していきたい。
 私は基本的に何度か全体を読んだ後は自分の役の出てくる所しか読まない。怠慢である。
 まず通して読むことで全体の流れを掴む。


ネタバレについての注意

以下壮大にネタバレの嵐なので、三好十郎の獅子についてのネタバレを嫌う方は読まないで頂きたい。
一応ネット上のアーカイブに本作があったのでURLを載せておく。










そろそろネタバレを気にする方も居なくなったと信じて続きを書いていく。


ざっくりの流れは、第二次世界大戦後すぐの時代、世間体を気にした母が自分の娘を成金と婚約させたが、娘が母に逆らって好きな相手と駆落ちする といった流れだ。
 この戯曲の個人的に好きな所は、前半は婚姻を推し進めたい母と反対したいが面と向かって歯向かえない父娘の対立が描かれているが、後半は姿が見えない娘を置いての思惑が交錯した婚約パーティー。その最中に娘が駆け落ちしたと知る面々。娘が出て行った明確な描写がない事が大変好みであった。パーティーの面々と観客が駆落ちを認識する瞬間が同じなのだ。
おしゃれである。
 さて、私の演じる馬場圭太郎だが、出番はそんなに多くない。物語の前半にちょろっと、娘と相思相愛の思い人であるが今日の16時に北海道開拓に発つという事を知らせて以降、出番は無いのだ。
 つまり、私はこのちょろっとした出番の中で観客に娘の思い人はこんな男で、この男だったら諸々ほっぽり出してもついて行った娘を応援したいと感じてもらわねばならない。でないと最後の駆落ちしたことがわかるシーンが勿体ない。せっかく三好十郎が最後まで隠していてくれたのに。
 これは難題である。が、出来れば滅茶苦茶かっこいい。
 さあ、如何に挑もうか。

分析のプロセス

 新しい戯曲に挑む時でも結局使える武器は今まで学んできた事だ。
初の三好十郎。初の著作権が切れた日本人劇作家。正直ビビっているが、とりあえず手持ちの武器で切り崩してみる。

ざっくりした予想

 馬場圭太郎の目的は何か。曖昧である。恐らく 雪(先述の駆落ち相手)を自分についてこさせること であろう。
だがここで疑問が生じる。セリフではそんなことを少しも言っていないのである。

戯曲に書かれた事実を整理する

とりあえず戯曲から読み取れる表面的な行動(第一プラン)と主な出来事としては、

  • 雪の実家に来る

  • 雪母が雪父を責めている場面を目撃してしまう

  • 雪母に挨拶する

  • 雪の兄の話をする

  • 縁側に座る?

  • 雪母と談笑する

  • 雪母に雪との関係に探りを入れられたがはぐらかす

  • その時、笑顔を引っ込め雪をちらっと見る

  • 家にあがる申し出を断る

  • この地を去ることを伝える

  • 家にあがらない理由を伝える

  • 地元の畑を叔父に譲ることを伝える

  • 北海道開拓の私見を語る

  • 圭太郎の妹も連れていくこと、雪父に是非一度来て欲しいと伝える

  • 雪母の意識をこっちに向ける

  • 雪が持ってきたお茶を飲もうとする

  • 雪が他の男と結婚することを雪母から聞かされる

  • 飲みかけたお茶から目を離さずに生返事をする

  • 雪父が話題を変えてくれる

  • 満洲開拓の後悔と北海道開拓の希望を語る

  • 雪母にまた雪の結婚の話を聞かされる

  • 生返事をする

  • 雪実家を去る旨を伝えるが立ち上がりはしない

  • 雪母に止められる(少なくとも口では)

  • 汽車の時刻を伝え、行く理由を説明する

  • 何故か雪父の獅子舞が見たかったと言い出す(二度と地元帰らないつもりだからか?)

  • 雪父が満洲開拓に行っていた間に酒を断ったことを知る

  • お土産で持ってきた酒が飲まれていないことを知る

  • 雪父が雪の結婚式で飲もうと思っている旨を聞かなかったことにする

  • 縁側からこしを上げる

  • 雪実家を去ろうとする

  • 雪父のお見送りを断る

  • 雪父にピシッと頭を下げお別れの挨拶をする

  • 雪にも頭を下げてお別れの挨拶をする

  • スタスタ去る

  • 雪父にもう一度頭を下げて舞台上から消える

とりあえず以上で全てだ。
思ったより多かった。

ここから事実ベースに読み深める

先ほどふんわり考えた目的の、雪を自分についてこさせること
と、上述の行動をすり合わせてみる。
うん。この目的にしては回りくどい。
ここで考えられる原因として、目的が致命的にずれているか、えげつない障害があって直接的な行動が回りくどくなっているかのどちらかだろう。
今現在少なくとも今設定した目的よりしっくりくるものが思いつかないのでこのまま突き進んでみることにする。

戯曲世界の状況から考える

では障害は何か。
まずこの時代の世界観。親が決めた結婚相手は絶対であること。
雪母は自分の選んだ成金息子と結婚させることが雪の幸せであると信じていること。
雪母は家族の中で一番発言力があること。
雪父は圭太郎と雪のことを応援してくれてはいるが、雪母に逆らう気力が無い事(酒を飲めば一時的に逆らえるようになるが今は禁酒させられている)。
雪には母に逆らう気力が無いこと。
逆に支援してくれる要素として、
雪と圭太郎の妹は仲が良く、駆落ちを応援してくれること。
雪の兄と圭太郎は親友で、圭太郎と雪が結婚することを望んでいること。
まわりの状況はこんなものか。

ここから予想が入る。根拠のない予想にならぬよう注意。

では何故直接雪母に結婚したい意志を伝えないのか。
雪母にとっては家柄で結婚相手を選ぶことが正義なのでそもそも正攻法では効果が無さそうである。
もし正攻法でいけるのであれば恐らく雪兄からの手紙や近所の噂を聞いた時点で雪に寄り添うのではないか。
となれば、雪母にバレないように雪に必死にアプローチしているのかもしれない。
ただ、個人的にネックになっていることは雪母が雪が結婚することになったという度に生返事をしてしまうことである。
諦めているようにもみえる。
言葉が見つからないだけの可能性もあるが、実際に演技に落とし込むにあたって私には支障しかない。あえて消極的な行動をとるなら理由がないと正当化した行動にならない。それっぽくは出来るだろうが楽しくないし、何より馬場圭太郎に失礼だ。
馬場圭太郎との溝を埋めなくてはならない。

ざっくり演技プランを立てる

今考えて分からないことは保留して次に進もう。

  • 雪母に警戒心を抱かせないように社交的に接する

  • 雪母の関心の高い雪兄の話で雪母を喜ばせる

  • 雪がもしかしたら勇気をもって自分との関係を雪母に伝えるか期待する

  • 話題を変える?

  • 雪に雪母とも渡り合える余裕を見せることで安心させる

  • 雪をあえてみつめないことで雪に罪悪感を抱かせる

  • お茶を見ながら雪母が警戒心を抱かず雪に諦めていないど伝わる方法を探す

  • 雪父の助け舟に全力で乗ってお茶の不自然が満洲開拓のことを考えていたと雪母に納得させる

  • 未来を見る姿勢をみせて雪に一緒に行きたいと思わせる

  • 帰る素振りをすることで雪の注意を引き付ける

  • 去る前に雪にタイムリミットを伝えて決断を迫る

  • 雪父が雪の背中を押せるように酒を進める

  • 雪父にしてほしい事(雪を唆す)を雪母にバレないように伝える

うん。やはり具体的に考えた方が考えがまとまりやすい。
このシーンは、
雪を如何に一緒に来させるか。但し、雪母に企みばれると雪が抜け出せなくなるかも知れない。後、雪父の助力が得られれば雪の決断に良い影響を与えられる可能性が高いので本当に雪に対して行動してくれる勇気を持たせるたい。
もう少しまとめると、
目的は雪を誘惑する
って感じだろう。
制約が割と厳しいため第二プランが相当重要になりそうだ。
まだ第二プランの扱いがよくわかっていないが、出来るようになるとスキルアップ間違い無しだ。


役のことをもう少し考える

スタニスラフスキーの9つの質問を用いてもう少し深掘りする。
ちなみに質問は以下の通りだ。10~12はニコラス・バーターの追加の3つの質問らしい。
1.私は誰?
2.ここはどこ?
3.今はいつ?
4.何をしているのか?(目的、課題は何か)
5.なぜそれをしたいのか?(超目的、目的の積み重ねで最終的に作品を通じて達成したいこと)
6.どうやって目的を達成するのか?
7.何故今それをしたいのか?
8.目的、課題を達成するのに何が障害になっているか?
9.目的、課題を達成しないとどうなるのか?
10.シーンに入る前どこからきたのか?
11.シーンの最後で目的は達成したか?
12.シーンが終わると、どこに向かうか?

1.私は誰?
馬場圭太郎。27、28歳。がっしりした男。プロ農民。両親がいないが本家の人間。妹がいる。二反歩あまりの畑もってた。農村靑年らしい單純で明るい人柄だが、しかし普通の農村靑年の單純さや明るさとはチヨツト違つて、かなり永い間非常に激しい生活と、非常に困難な闘いに鍛えられて出來た、銳どいと云うよりは鈍く大まかな平靜さが、感情の小さい起伏を殆んど見せない。そのため年齡よりも老成して見える。満洲開拓に4,5年行っていた。終戦間際に内地防衛のため北海道に回された。最近地元に帰ってきた。雪が好き。雪兄父公認。昨日も雪に会いに行った。雪母には会わないようにしていた。雪父はちょくちょくあってそう。
2.ここはどこ?
日本、甲府、農村地、好きな子の家の軒先、田舎、空間に慣れていない。
3.今はいつ?
1945以降。季節は冬より前。北海道が11月から雪が降り始めることを考えると11~4月は外していいはず。最速で9月?大根の種まきが春まきでは4月上旬~5月上旬、秋まきでは8月下旬~9月中旬らしいので終戦後すぐ?
14時前後だろう。北海道出発の準備を終えて挨拶回りしているところ?
4.何をしているのか?(目的、課題は何か)
雪を北海道に連れていきたい。
5.なぜそれをしたいのか?(超目的、目的の積み重ねで最終的に作品を通じて達成したいこと)
雪と添い遂げたい?
6.どうやって目的を達成するのか?
後で。
7.何故今それをしたいのか?
雪の婚姻が今日に迫っているから
8.目的、課題を達成するのに何が障害になっているか?
雪母が圭太郎との婚姻を認めずに他の男との婚姻進めている。
雪には雪母に歯向かう勇気が無い。
雪母の意思を変えることは無理そう。
9.目的、課題を達成しないとどうなるのか?
二度と雪と会えない
10.シーンに入る前どこからきたのか?
家で出発の準備をすませた
11.シーンの最後で目的は達成したか?
雪の意思は変えられなかったが雪父に望みを託した
12.シーンが終わると、どこに向かうか?
家に戻り妹に再度説得しに行かせる。まだ希望を捨てていない。

こんな感じか。

行動をまた考える

後は如何に行動するか考える。
余裕を見せる。裏を感じさせない。相手を夢見ごごちにする。安心感を与える。相手を楽しませる。
重心は低くせねばならんだろう。
問題は、雪の婚姻の話を聞いて生返事をするところだ。
面と向かって事を荒立てさせないのはわかる。
残念だと相手に悟られていいものか。
ならば積極的に何を考えているのかを隠すのがいいのかもしれない。
平静を装う?

これならとりあえずは抒情的にならずに芝居できそうか。
婚姻の話をされて困る理由が必要だ。
雪に諦めていると思われないためやもしれん。
意図を隠す行為がより生きる。

おわりに

とりあえず一人で出来る戯曲の分析は粗方終えた。
あとできることはセリフを入れる、時代背景についての知識を増やす、まだよくわからない単語等を調べることくらいか。
1シーンしか無いのは細かく考えるにはもってこいでよい。
後は稽古場で諸々試すだけだ。

もし興味がある方がいれば、2023年11月18.19.23.25.26日に上演するので見に来て頂きたい。会場はスペース京浜という場所で、主催は京浜共同劇団だ。大半が80歳前後の方ばかりという老練の俳優達と創作できることをうれしく思う。

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