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【連載小説】怒らない恋人/第一章:5

前回の話


 私と大輝が初めて出会ったのは、恋活のパーティーだ。婚活ってほど重たいわけでもないけど、恋愛相手を探しているから、それなりにみんなが真剣。男性と女性が10人ずつ集まって、立食パーティー形式で行われた。
 だけど、私は最初から大輝のことを狙ってたわけではない。素敵な人がいるな、とは思っていた。誰とでも気さくに話して、聞き上手。見た目も平均以上。
 でも、大輝はたくさんの人に囲まれていたし、人気がありそうだったから、アプローチする自信が無かった。きっと彼は一番人気だろうから、私なんかは相手にされない。
 そう思っていたから、パーティー終了後、彼が誰ともカップル成立していないことは意外だったし、驚いた。
 チャンスはここしか無いと思い、私の方から声をかけて連絡先を交換し、何度か食事に行くうちに付き合うようになったのだ。付き合い始めたばかりの頃はとにかく幸せで、莉奈の存在を脅威に感じることも無かった。
 いったいいつから? 私はいつから莉奈に翻弄されているんだろうか。
 そういえば、初めて大輝と食事をした日にも、私は既に莉奈の話を大輝から聞かされていた気がする。まだ「莉奈」という名前こそ出なかったものの、大輝は会話の中で「おもしろい友人がいて……」とか「これは友人が言ってて……」とか、さり気なく莉奈の情報を挟み込んでいたのだ。

 忌まわしい記念日の記憶をなんとか振り払いたくて、大輝との懐かしい思い出に浸って現実逃避したのに、出会った当初から莉奈の存在が匂わされていたことに気付いてしまい、ますます落ち込んだ。
 仕事に没頭していればモヤモヤはそのうち晴れると思ったのに、駄目だ。恋愛関係のモヤモヤした気持ちを仕事中にまで引きずってしまうなんて異常事態。なんとか気持ちを切り替えたい。
 休憩時間にスマホを弄ってみるけれど大輝からのメッセージは届いていなくて、その代わり、意外な人物からスマホにメッセージが届いていたので驚いた。なんと、莉奈の彼氏である潤也からだ。

『突然の連絡失礼します。最近、莉奈と会いましたか?』

 律儀な、潤也らしいメッセージだ。と言っても、私は潤也のことをほとんど知らないから、私が勝手にイメージしている潤也だ。とても真面目で、あくまで彼女以外の女性には一定の距離を保って接する人。

『会ってません。どうかしたんですか?』

 少し迷って、それだけを送った。実際、莉奈とのランチも途絶えがちだった。潤也の意図はわからないが、私が莉奈について何か情報提供できるとは思えない。
 送ったメッセージはすぐに既読になった。そして、

『大輝さんの方は、莉奈と会ってますかね?』

……と、送られてきた。
 なるほど。潤也は最初からこれを聞きたかったのか。
 このメッセージを送るだけでも、潤也にとってはかなりの勇気が必要だっただろう。ほとんど接点がない私にこんなメッセージを送ってくるなんて、彼もかなり悩んでいるのだ。
 あくまで推測だけど、潤也は莉奈とあまり会えていないのだろう。もしかしたら、私と同じように記念日か何かをすっぽかされた可能性もある。だから、大輝と莉奈が会っているのかどうか気になった。恋人とは会わないくせに、異性の友人とは会っているのかどうか。
 莉奈と大輝は今も頻繁に会っている。それどころか、潤也の誕生日プレゼントを2人で選んでいた。でも……

『わかりません、すみません』

 すぐにバレるとはわかっていたが、私は正直に言えなかった。この期に及んで、私はまだ揉め事の気配を避けようとしている。潤也と莉奈にすら、喧嘩をしてほしくない。
 ふと、潤也について惚気けていた莉奈の言葉を思い出した。

〈私は潤也くんに不満なんて無いの。でも、彼は私の交友範囲が広いことが不満みたい。私が男友達と遊んでると、すぐ嫉妬するんだよね〉

 莉奈は潤也の前で、大輝の話をあまりしないのかもしれない。だとしたら、莉奈は一応、自分の彼氏に対しては気遣いができるのだ。
 でも、その気遣いは的外れだと思う。潤也が嫌がっているなら大輝と会わなければいいだけの話なのに、莉奈はそれができない。だいたい、彼氏の誕生日プレゼントを別の男と一緒に選ぶなんてことも、私には理解不能だ。無神経すぎる。
 莉奈だけじゃない。大輝もそうだ。私が嫌がっているのに、莉奈と会うのをやめない。だから、潤也も私もこんなに悩んでいる。 

『莉奈さんは、潤也さんのことを完璧な理想の恋人だと言ってましたよ』

 フォローになっているかどうかは不明だが、言い訳のように追加でメッセージを送った。
 莉奈が潤也のことを褒めちぎっていたのは事実だ。莉奈は潤也にべた惚れで、理想の恋人だと本気で思っている。

『それ、褒め言葉じゃないですよね』

 私が薄々感じていたことを、潤也はあっさり言葉にして送ってきた。というか、ついに言ってしまったって感じだ。スマホの液晶画面越しなのに、潤也のメッセージからは諦めの気配が漂っている。
 完璧な理想の恋人。
 そんなことを言われたら「理想の恋人」を演じ続けなければならない。私は不満だらけ。大輝には何も不満が無い。その理不尽な状態を維持しなければならないのだ。
 あれ? これって潤也と莉奈の問題じゃなかった? 私と大輝のことじゃないよね?

……ああもう。どっちなのかわからない。

 やっぱり、私と潤也は同じ悩みを抱えた同志だったんだ。同志が手を取り合うには、もう手遅れみたいだけど。

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