童話 「おにいちゃん、やめます。」
【あらすじ】
たっくんのお家に赤ちゃんがやってきました。お兄ちゃんのたっくんは我慢したり静かにしたりといいことなし。次第にたっくんはお兄ちゃんをやめたくなっていくのです。
小説家になろうにてレビュー8本獲得。ファンタジー系童話が好まれるなか、純童話では珍しくランキング上位の年間18位になった作品です。(約2900字)
霜月透子さんと鈴木りんさんの「ひだまり童話館」(びりびりの話)参加作品です。
6がつ6にち
ボクのおうちにね、まっ白いベッドがやってきた。
でもボクがねるには、ちいさいなあ。
びょういんから、やっとかえってきたおかあさんが、だっこしていた赤ちゃんを白いベッドにねかせたよ。
「たっくんはね、おにいちゃんになったんだもんね」と、おかあさん。
うん。
でも、おにいちゃんて、なにするのかな。
「名前はメリちゃんだぞ。ほら、かわいいだろ?」と、おとうさん。
メリちゃん? ようちえんのおともだちと、おんなじだ。
「かわいがってあげるんだぞ? よろしく、おにいちゃん」
ふーん、おにいちゃんて、カワイガッテあげるんだ。
「あらまあ、メリちゃんたら」とおかあさんが、オムツのテープをびりびりして、赤ちゃんのおしりをきれいにした。
わ、なんかへんなにおい!
おとうさんもおかあさんも、かわいいっていうけど。
赤いかおはまんまるだし。かみのけは、あんまりなくてはげてるし。ぼくがニコッとしてあげても、ちっともわらわないし。クサイし。
それにおともだちのメリちゃんは、もっとかわいいよ? おんなじメリだけど、ぜんぜんかわいくない。
おかおが丸いから、メリじゃなくて、マルのほうがぴったりだ。
*
7がつ7にち
「かしこみかしこみ」
あのカンヌシさんがバサバサふってるやつ、やりたいな。おもしろそうだもん。
赤いかおのマルは、白くてひらひらしたぼうしにドレス。
おひめさまみたいで、ちょっとだけだけど、かわいいな。
きょうはあさから、じいじとばあばが来て、しゃしんやさんにいって、カンヌシさんのとこに来て。みんなに「おにいちゃんでしょ、しずかにしてね」っていわれて、つかれちゃった。
でも「えらいね」って。
えへへ。
おにいちゃんて、たいへんだなあ。
おうちにかえって、ベッドでマルがおひるね。
おとうさんもおかあさんも、じいじもばあばも、ベッドのまわりで「かわいいかわいい」って。
あのねボク、ようちえんの『のぼりぼう』、てっぺんまでできるようになったんだよ!
ベッドのぼうをカッコよくのぼってみせたら、「登らないよ、おにいちゃんでしょ。メリが起きちゃうでしょ」っておこられた。
みんなして、マルばっかり。
おにいちゃんなんか、つまんない。
*
8がつ8にち
おっぱいっておいしいのかなあ。マルはまいにちのんでるけど。
ボクものんでみたいな。
でもはずかしいから、おかあさんにはナイショだもん。
マルはいっつも、おかあさんのだっこでおっぱい。
ボクがだいすきなおかあさんのだっこ。
おかあさん、かしてあげるね。
おとうさんも、かしてあげるね。
だってボク、おにいちゃんだもん。
*
9がつ9にち
かしてあげた、だっこ。
ぜんぜんかえってこない。
マル、はやくかえして。
おにいちゃんて、いっぱいガマンする。
やっぱりおにいちゃん、やだなあ。
おにいちゃんやめて、マルになりたい。
そしたら、ずっとだっこしてもらえるもん。
でもまいにちおっぱいは、やだな。
マルのかおをじいっとみてたら、マルがニコッてした。
へえ。マル、かわいい。
*
10がつ10にち
ボクね、マルのにおいがすきなんだ。
おかあさんにきいたら、おっぱいのにおいかもしれないねって。
マルのおむねのところをクンクンする。
あったかくて、なんか知しってるいいにおいなの。
クンクンしてたら、マルがボクのかみのけ、ぎゅーってひっぱった。
「いたいよ、マル、やめてよー」
おねがいしたのに、ぜんぜんやめないの。
いたくていたくて、なみだでた。
「マルはあかちゃんだから。たっくんごめんね。おにいちゃんだからがまんしてね」
がまん、きらい。
おにいちゃん、きらい。
ボクがぎゅーってやったら、おこられるのに、マルはおこられない。
ずるい。
マルのかみのけ、ちょっとだけひっぱったら、マルがふぎゃってないた。
マルだって、がまんしろ。
*
11がつ11にち
ボクのだいじな赤い車のぬいぐるみ。お顔がついててね、ジョウっていうんだよ。
えほんやブロックのやまのうえ、ボクといっしょにブンブンビュ―ンってはしってね、はやいんだよ。すっごくたのしいんだ。
マルがえほんのとなりでごろごろしてる。
ごろごろしたあとクルンって、おなかをゆかにつけて、あたまをぴって上げるの。
マル、がんばってできるようになったんだよ。
ボク、ごろごろのマルにぶつからないようにしてるけど、ちょっとジャマ。
おやつのあと、ボクがジョウであそぼうとしたら、マルがおくちでびしょびしょにしてた。
ボクのだいじなジョウなのに……!
びしょびしょ、やめてよ!
かえしてよ!って、ジョウをとったら、マルがギャーッてないた。
おかあさんが、びっくりしてこっちにきた。
「たっくん、どうしたの?」
ボクのだいじなジョウだもん。
マルがおくちにいれるの、やなんだもん。
でもおにいちゃんなんだもん。
でもびしょびしょ、やなんだもん!
ボク、マルみたいに、まっかになった。
びりびり。
びりびりびり。
ボクのおむね、ようちえんの「しんぶんしびりびり」みたいだった。
やだ!
やだやだ!
もう、いやだ!
マルなんかきらいだもん!
おにいちゃん、いいことないもん!
おにいちゃんなんて、いやなんだもん!
「ボク、おにいちゃん、やめる!!」
*
12がつ12にち
おとうさんとおかあさんが、こまってる。
でも、おにいちゃん、やめた。
がまん、やめた。
すきなこと、いっぱいするんだ。
すきなことしたら、たのしいはずなのにね、……なんかへんなの。
びりびりのおむねに、いらいら虫がくっついちゃった。
ジョウといっしょに、ブンブンビューンって、すっごく早くはしったよ。
マルはそばのベッドでおひるね。
でも、しるもんか。
びりびり、ブンブン、いらいら、ビューン!
びりびり、ブンブン、いらいら、ビューン!
しまった、ベッドにしょうめんしょうとつ!!
ドッカンごっちーん!!!!
あたまがびりびりいたくて、ジョウがびりびりやぶけて、起きたマルが、わあんてないちゃって……
だから、ボクも。
うわあああん、うわあああん。
おかあさんがはしってきて、ボクのことキュッて、だっこしてくれた。
いたいあたまも、なでなでしてくれた。ジョウもなおしてくれるって。
「ねえたっくん、おにいちゃんだからって、がまんさせてばかりで、きがつかなくて、ごめんね。おにいちゃん、がんばらなくていいよ。だっこだって、いっぱいしてあげるね」
おかあさんがだっこしてくれてたら、いらいら虫となみだがね、だんだんとちいさくなった。
おめめのさめたマルは、ベッドのはしっこで、ごろごろクルンをやろうとしてた。
わあマル、だめ! そこでクルンしたら、ベッドにぶつかっちゃう!
マルあぶない!
ごっちんしないように、ボク、いそいでベッドのぼうをにぎった。
おててのクッション、まにあった!
マルはそんなこと、ぜんぜんきにしないで、じょうずにごろごろクルンをして、ニコッてした。
ボクのかおみてね、うれしいねって、ニコッてした。
「ただいま」と帰ってきたおとうさんが、ボクをキュッてだっこしてくれた。
ねえおとうさん、マル、あぶなかったの。
ぜんぜんわかってないの。
やっぱり、マル、あかちゃんだもんね。
それでね、マルがニコッてしたおかお、なんかね、メリちゃんに似てたんだよ。
おかあさん、かしてあげるね。
おとうさんも、かしてあげるね。
でもときどき、おにいちゃんにかえしてね。
やくそくだよ?
よろしくね。
メリ。
(おしまい)