25 未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!
<3章:時間に広がるさざなみ 辺境の星からの刺客編>
No.70 フランスの古い伯爵家で
ー時は西暦2018年ー
フランスのとある地方の古い伯爵家で働くルボワは、旦那様は一向に歳をとらないと思っていた。
ジュスタンは結婚もしていない若者に見える。二十歳そこそこに見える。それは五年前にルボワが勤めて初めてから変わらない。ルボワより最初は五つ年下ぐらいに見えたが、五年経った今は十歳若く見える。
ジュスタンは、自分で料理もするし、掃除もする。何でも器用にやってのけた。ルボワの仕事は客間を整えたり、庭仕事を手伝ったり、時々大鍋を磨くのを手伝うくらいだった。
ワイン業を営んでいたが、完全に別の者に管理を任せているようだった。
普段はレコードで音楽を聴いたり、読書をしたり、運動したりしているくらいだった。自転車に乗って出かけたり、車を運転したり、どこかにフラッと出かけているのはよく見かけていた。
ある日、ルボワはジュスタンが慌ててキッチン横の扉を開け閉めしているのを見た。
それは、一度も使われたことがない扉だった。普段は鍵がしまっていた。
「非常事態でなければ使ってはならないことになっている。未来の情報を過去に伝えてはならない。互いに情報交換をしてはならないルールだった。」
ジュスタンが、誰かに慌てた様子でそう言っているのが耳に入った。
「いつもは、監視結果、誰もルールを乱してはいないというやりとりが交わされるのみだったんだ。」
スタイル抜群の女性の姿がチラッとルボワの目に入った。この五年の間、一度も伯爵家で見たことのなかった女性だ。
「ジュスタン、だめよ。」
「誰に協力するかを今決めなければだめよ。」
彼女はささやくようにジュスタンに言った。
ルボワは聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、そっとその場を離れた。
No.71 フランスの古い伯爵家に関する噂
ー時は西暦2018年ー
ルボワが食料品店で買い物をしていると、しわがら声で知らない老人に話しかけられた。
「あんた、伯爵家で働いとる人だろ?」
「ボンジュール。ええ、私は伯爵家で働いています。何か?」
ルボワは熟したアボガドを選びながら、にこやかに答えた。香を嗅いでみる。良さそうだ。アボガドの皮の柔らかさを慎重に確かめる。
今日は、パン屋でパンを買ってきてくれと頼まれていたのだ。この後は急いでパン屋に行かなければならない。ジュスタンが自分でパンを焼かないのは珍しいことだった。
「あんた、あいつはドラキュラじゃないかという噂は本当かね?」
老人は、声をひそめてルボワに聞いてきた。老人はかなり歳を取っているように見えた。七十代後半か?
「え?なんでですか?ジュスタンのことなら、彼はドラキュラなんかじゃありませんよ。」
ルボワは、クスッと笑いながらも驚いてそう答えた。
「私は七十八歳だ。私が子供の頃から、あいつは二十歳ぐらいに見えた。今もそうじゃろ?」
老人は声をひそめてルボワにささやいた。
「え?そんなこと。」
ルボワは首を振った。
「きっと、彼のおじいさんか誰かと間違えてらっしゃるのでは?」
ルボワは笑いながら言った。
「あんた、この村の者じゃないじゃろ?」
老人は食い下がった。
「むかしっから、あの伯爵家にはドラキュラがいるという噂があったんじゃ。わしが子供の頃からだよ。お嬢さん。」
老人の顔は真剣だった。ルボワは老人の顔を二度見した。真剣な顔をしている。
「メルシー。気をつけるわ。」
ルボワはそう言って、アボガドを選ぶと食料品店の買い物カゴに入れた。
ルボワはジュスタンに渡されているスマートフォンを使って、レジで支払いを済ませた。クレジットカードも、スマ−トフォンもジュスタンに渡されている。伯爵家で使用する品々の買い物は全てそれで済ませるように言われていた。
食料品店から出たルボワは、自転車のカゴに食料品を載せると、村のパン屋まで向かって自転車をこぎ始めた。
村の大通りの外れにある伯爵家とは、真逆の方向にあるパン屋に向かって。
通りの木々が緑になり、まもなく初夏を迎えようとしていた。気持ちの良い風が吹き、古くからあるという教会の鐘が鳴り響いていた。
確かに、ルボワはこの村の出身ではない。五年前に求人広告を見てやって来たのだ。住み込みではないが、村に使用人用の家を用意してくれているし、給料が格段に良かったのだ。
ただ、今日は、老人がジュスタンはずっと二十歳ぐらいに見えると言われたことが、引っ掛かった。自分も最近、同じようなことを思ったのではなかったのか?
ルボワは馬鹿らしいと首を振った。
そんなはずはない。ドラキュラなんてこの2018年に?馬鹿らしい。
No.72 フランスの伯爵にまつわる噂(ナディア)
ー時は2018年ー
私はフランスのある地方にある古い伯爵家を訪ねた。
初夏のある日、プライベートジェット機でフランスに飛んだ。
今、とある地方にある古い伯爵家の前に立っている。私の裏の顔はスパイ。世界最強のスパイを自負している。船やプライベートジェット機、それに戦闘機も所有している。2018年現在、表の顔は大富豪だ。
スパイ業の仲間にも知られていない秘密だが、時間軸を移動できるゲームの存在を知っている。ゲームを通して異能まで手に入れてしまった。
「ジュスタン、いるかしら?」
そう呟きながら、私は古い伯爵家の外壁を見て回った。外壁をぐるっと取り囲む木の根元を確認しながらゆっくり歩いた。二十一本目の木の付近でしゃがみこむ。ざらざらする木の根元を触りながら、よく見ようと目をこらす。
「やあ、久しぶりだな。昔そこにあった穴はとっくにふさいだぜ。」
後ろからいつもの懐かしい声がした。
私は、はっとして振り返った。
そこには二十歳そこそこぐらいの若者が立っていた。ジーンズにTシャツを着ている。金髪のカーリーヘアも、青緑色の瞳もイタズラっぽい口元も、変わっていない。
「颯介のいつも着ているユニクロだぜ。」
若者はニヤッと笑って自分の着ているTシャツを指さした。
「ジュスタン!」
私は小さく叫んだ。正直狼狽した。あってはならないものを見てしまったような焦りを感じてしまう。
いつも中世ヨーロッパでゲームに参加する時に会っている伯爵が、目の前に立っている。今は2018年だ。
ジュスタンは、ゲームに参加した颯介が持ち帰った玉手箱で老人から若者に若返ったのだ。だから、私がゲームの中で初めてあった時には既に二十歳そこそこに見えた。私は、ずっと中世ヨーロッパに集合していたので、そこでしかジュスタンと会えないと思いこんでいた。
今回、黒の秘密結社に接触されて彼らの標的を告げられた。そして、赤の秘密結社の話を数億年先からやってきたという帝に聞かされた。
そこで私が思ったことがあった。黒も赤も、二つのネットワークが知らないことを私は知っているのではないか。
ジュスタンの存在だ。
「ジュスタン、やっぱりあなた、ここにずっといたのね。」
「そうだよ。ナディア。気づいてくれるのを待っていたよ。数世紀の間ずっと待ち続けたんだ。」
ジュスタンは悲しくも寂しげな表情で言った。
黒も赤も、颯介がゲームに参加したことで何が起きたかは詳しくは知らないはずだ。彼らは歴史を変えてはならないルールの中で生きている。
私が勝ち上がれるのは、ジュスタンの存在だ。黒に従うつもりも、赤に従うつもりも私には全くない。私は私に従う。
「あなた、数世紀の間生き続けているわけ?」
「ドラキュラだよ。」
私はドキッとしてジュスタンの顔を見つめる。
「まさか、そんな傾向は中世ヨーロッパでは出ていなかったじゃない。」
「はは。冗談だよ。」
ジュスタンは小さく笑った。
「でも、村中でその噂は流れている。あれから数世紀の間、ずっとね。」
「ああ、ジュスタン!」
「ナディア、とにかく訪ねて来てくれてありがとう。昔、君が訪ねて来てくれていたあの頃の中世ヨーロッパで生きる僕は、その後何が起きるか知らないんだ。」
「この話は、今君が訪ねて来てくれたから、今の僕だから言えることだ。」
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