親父に教わった100の考え方その23 人間の価値は貸しをどれだけ作ること
うちの親父は、私がまだ小さい時から近所の人、学校の先生、、はたまた親戚の人の相談にのってあげていた
私があるとき「お父ちゃんんは何でそんなに色々な人の相談にのってあげてるん」と聞くと
親父はこう言った
「お父ちゃんは人間の価値は、死ぬまでにどれだけ,貸し借りの貸しを人に与えれることやと思うんや」
私が意味が分からずふーんという顔をし、聞き返した
「貸しを作っても返ってこないことも沢山あるんと違うんか?」
親父は
「別に自分に、すぐに返ってこなくても、何年か経ったら、お前らにもお父ちゃんの人に貸したやつがきっと返ってくるから、まぁ見とってみぃ、そのうちわかるときがくる」
そんな話を聞きいた私は、とりあえず親父のように人に貸しをつくるよう生きるようになりました。
数年後55歳の若さでうちの親父が死んだとき沢山の人がお葬式に来てくれた、また家を売るにあたっても、借地に関わらず親父に世話になったと言う銀行の支店長が相談にのってくれ高い値段で売買出来ました、また、私が大阪本社から私の田舎に支店を出した時も親父の友人が沢山協力してくれたこともありました。
私は、22歳の時、私の信号無視で交通事故を起こし助手席の友人を亡くした経験があります
私の怠慢からの事故で無くなった友人のご両親にどれだけ責められても仕方がない出来事であったのです
事故後、亡くなった友人のご両親に謝罪に言った時、ご両親からこう言われました
「うちの息子からあなたのことは沢山聞いてます。あなたからもっらたスーツを大事に大事に着て、私たちに自慢してました」
それはある時、大学の近くで行商をしていたスーツ販売の人に言葉巧みに騙され私の体系には少し会わないスーツを買わされた話しです。
私にはきつい感じだったので、その買ったばかりのスーツを亡くなった友人にプレゼントしたのです。
親父が言った、貸しを沢山作ることが人間の価値やです。
そのスーツが非常にぴったり合ったので私の友人がめっちゃ喜んでくれました
「お前に借りが出来たなぁ」と笑顔で言ってくれたことがあの笑顔を今でも忘れられません
そのことをご両親に言われたのです
そして、ご両親は
「確かに悲しい出来事ですよ、でも一つ間違えばうちの息子があなたを死なせたかもわかりません、事故の一報を聞いた時、運転者があなたと聞き、そしてあなたの命が無事だったと聞いた時、私たちは多分うちの息子が貴方に借りを返したんだと思いました」
涙が止まりませんでした
「うちの息子の分、生きてください、裁判では私たちが行き、情状酌量を言いますから安心して」
もちろん今でも、お墓とご自宅には通わせてもらい、親戚以上のお付き合いをさせていただいています。
人の生きる価値は人に沢山、貸すこと
まだまだこれからも沢山の人に貸していこうと思います、返ってくることを期待せずに