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学校の壁は、まだまだ厚い
先日、ある小学校を訪問した時のことです。
私は、教育支援センターの支援員として、その学校の生徒指導担当と情報交換をするために訪問したのです。
その学校は全校児童が100名ほどで全学年単学級の比較的小さな学校です。
不登校(いわゆる年間30日以上欠席)の子は1人もいません。
ただ1人だけ、一日2時間だけ授業を受けて帰る子がいるということだったので、その子についてしばらく状況をお聞きしました。
話が終わって私が席を立とうとしたとき、校長先生がゆっくりと立ち上がりながら、私に質問をされました。
「どうして、全国的にこんなに不登校が増えているんですかね」
突然の質問でしたが、こうした質問はいろんなところで聞いてきたので、私は即答することができました。
「もう、個人の問題ではなく、学校という枠組みに合わない子どもが増えているからだと思います。そういう子が、学校からこぼれ落ちているのでしょうね」
と答えると、校長先生の表情はそれまでの柔和なものから一瞬のうちに「はあ? なんだそれ」という顔に変わりました。
その後、なんとなく気まずい沈黙の間が少しあって、校長先生は生徒指導の先生の方を見た後、私に向かってこう言いました。
「まあ、最近の子は、ほんのちょっとしたことで簡単に学校を休んでしまうよね。やはり、子どもが弱くなった面もあるんでしょう。
それに親も自分の子を甘やかして、言いなりになっていることも多い。
子どもが不登校になっても、それを本気で何とかしようとしていないんじゃないですかね。」
校長先生の言葉を引き継ぐように、生徒指導担当の先生も、
「そうですよ。
そんなんだから、就職しても簡単に辞めてしまう。
子どもの将来について、もっと真剣に親が考えてやらないと。」
と続けて言いました。
私は、開いた口がふさがらない気がしました。
まだ、本気でそういう風にしか不登校を捉えていないんだ、そう思ったのです。
悪いのは子どもと、その親だと信じて疑わないのです。
そして、学校は子どもたちの将来のためにだけあると考えているのです。
しかも、その将来という言葉を大人になってからの「生き方」ではなく、社会に適応できるかどうかという意味で使っているのです。
確かに、何かしらの職業に就くときに不登校の子が今と同じように出勤ができなければ、会社をクビになってもおかしくはありません。
それはわかります。
でも、学校というところは将来のために今を我慢させるだけの場ではないはずです。
学校の日常が楽しくてわくわくする場であるからこそ、そういうわくわくを経験するからこそ、「結果的に」その子の将来において何かしらの意味が生まれるのです。
「今」をおろそかにする学校に未来はありません。
子どもが将来困らないように、という教師の思いは「善意」から生まれているとは思います。
でも、その善意から見えるのは、子どものマイナス面ばかりです。
「この子は〇〇ができない」「〇〇が苦手だ」、「だからそれができるようにしてやろう」「苦手なことを克服させてやろう」という視点はいずれも、子どものマイナス面だけを探しています。
すでにできていることや、得意なことは放っておいてもいいとするその視点が、子どもを落いつめているということなど、少しも考えていないのです。
私は、教師の意識はもう少し変わってきていると思っていました。
でも、こうした言葉を前にして「学校の壁は想像以上に厚い」と感じざるを得ませんでした。
私の考えがすべて正しいかどうかはわかりませんが、せめて、自分たちの接し方にも何か問題があったのではないかと振り返る姿勢だけは、持っていてほしいと痛切に感じました。
私は、この壁にど真ん中のストレートをこの場で投じても壁を打ち破ることはできないと感じ、変化球を投げることにしました。
「そうですね。でも、子どもたちに必要なのは、家族以外の大人から今の自分を丸ごと受け入れてもらえたという経験だと思います。
そういう大人が一人でもいれば、きっと子どもは社会とつながることができます。
そんな大人になりたいですよね。」
本当はもっといろいろ言いたいことがあったのですが、それを言っても曲解されるのがオチだと思って、それ以上言いませんでした。
それでも、教師が子どもにとってどんな存在になろうとしているのかということがいかに大切なのかということに気づいてほしいと思って、このような言い方をしたのです。
最近、かつては頑固一徹だと言われてきた中学校の方が、少しずつ意識が変わりつつあります。
それは、目の前で次から次へと学校を離れて行く子を見ているからでしょう。
「何とかしないとまずい」という気持ちがようやく中学校の教師にも生まれてきたのです。
1クラスに4人~5人の不登校生徒がいる場合も珍しくなくなっています。危機感を持って当たり前でしょう。
それに比べて小学校はまだ不登校児童の割合が中学校に比べて低いので、切羽詰まった感覚はないのかもしれません。
もしかしたら、その感覚のなさが小学校の不登校出現率の急増を生み出しているのかもしれません。
それを肌で感じるようになったとき、うろたえても遅いと思うのですが……