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第116話 藤かんな東京日記〜朝海汐に会って小生の酒癖を思い出す〜


朝海汐の好きな作家は?

 2024年7月3日。飛鳥新社近くの喫茶店にいた。『はだかの白鳥』の増刷が決まり、追加で100冊にサインを書きに行く予定だった。 
 15時、エイトマン社長とマネージャーの大下さんが喫茶店に入ってきた。そしてその後ろに、ストレートの黒髪ロングヘアで、バスケットボール級のおっぱいを携えた女性。
 彼女は9月10日に女優デビューした、朝海汐だった。
 会うのは、昨年のエイトウーマン写真展以来。朝海汐は私が目が合うと「ふふ」と微笑んだ。大人の余裕。全てを見透かされているようで、こちらが緊張する。
 何か会話を見つけようと、過去の記憶を辿った。確か写真展で会ったときに、「読書が好き」という話をした気がする。
「汐さんは、本、好きなんでしたっけ?」
「結構、好きです」
 話し方はしっとりと妖艶。そしてどこか謎めいている。
「誰の本を読むんですか?」
「太宰とか、寺山修司とか、嶽本野ばらとか・・・」
 語尾がスッと宙に消えていく。この掴み所のなさが、人々の興味を鷲掴みにするのだろう。
「一番好きな作家は誰ですか?」
「太宰です」
 彼女は強くはっきりと答えた。
 似合ってるわ。太宰の愛人になれそうやもん。
 そう思うと同時に、私の学生時代の甘苦い思い出が蘇ってきた。

文通相手に大ジョッキ投げつける

 大学3年生の春、私は太宰治にどハマりしていた。そして同じくして太宰沼にはまっている、高校の頃の同級生と文通を始めていた。文通は彼から提案され、私も前のめりで賛成した。mixiやFacebookの全盛期に、手紙のやり取り。エモいだろ。
 彼は私より偏差値の高い大学の工学部に通っていて、文通するにはちょうど良い、物理的な距離もあった。
「大学というのはつまらないものだ。毎日、板書を書き写すばかりで、僕は板書星人になりそうだ」
「大学生は人生の夏休みというらしい。ならば、つまらないと思うことが私たちの使命なのではなかろうか」
 はじめは本好き同士のただのお遊びだった。こましゃくれた文体を使い、手紙を書く行為に酔っていた。文通はするが、もちろんLINEもする。さらにはSkypeでテレビ電話までして、月に1回は会う。大学生というのは時間が無限にあると思っている生き物なのだ。
 文通をして半年ほど経った頃、月に1度のデートの時に、彼は言った。
「お前みたいな人と結婚したら、一生楽しいんやろうなと思うわ」
 その後、私たちは付き合うことになった。大学3年の10月だった。
 おいおい、のろけかよ。
 そう思ったあなた。すごいのはここから。私たちはこの2ヶ月後に、大修羅場を迎える。

 年末、私たちは某焼き鳥チェーン店で忘年会をしていた。彼はハイボールを飲んでいた。下戸の私はソフトドリンク。ウーロン茶のロックだ。
 いつものように他愛もない話をしていると、彼が少しずつ酔っていくのが分かった。酒を飲んでいるところを見るのは、この時が初めてだった。
 彼の口調はどんどんキツくなった。
「俺は、理系=芋くさいって思われたくないから、金髪にしてパーマ当ててるねん。オシャレであり続ける。お前ももっと服装に気ぃ使ったら?」
 確かに、黒髪ストレートで、3着の服を着回している私は、オシャレではないだろう。だがその発言は少しデリカシーに欠けていないか。耳がカッと熱くなるのを感じた。
「バックパッカーとかって、1人で海外を旅してたけどさ、そういうの、自分に酔ってるだけやん。マジ白目やわ」
 私はその年の夏、バックパックを背負って1ヶ月間、海外を旅した。自分でお金を貯めて、初めて海外へ挑戦したのに、ひどい言われようだ。心拍数が急速に上がっていくのを自覚した。顔も火照ってきている。
 そして彼は強烈な言葉をぶつけた。
「俺はお前より、偏差値が高い。その時点で、俺の方が人間的に上」
 気がつくと、私は手元のウーロン茶を、彼にぶっかけていた。考えるより先に手が出るとはこのことか。怒りのせいや、体が熱い。
 彼は「何すんねん!」と怒った。
 次は自分の右手に強い衝撃を感じた。私は彼の頬を拳で殴ったようだ。
 彼は立ち上がる。そしてうずくまった。
 私は空のジョッキを、彼の腹にぶち込んでいた。
「お客様、お会計をお願いします」
 店員が駆けつけ、私たちは店からの強制退去を命ぜられた。
「後で話すからな。帰るなよ」
 彼は私をにらめつけながら、伝票を持ってレジへ行く。
 初めて人を殴ってしまった罪悪感のせいか、ひどく胸がムカムカする。レジへ向かう足元もおぼつかない。なんか、おかしいな。
 会計を済ませてくれていた彼が、「あっ!」と声を上げた。
「ウーロンハイってなってるで!」
 私が注文していたはずのウーロン茶は、なんとウーロンハイだったのだ。おそらく店員が間違えたのだろう。
 どおりで。この暴挙は我ながらに異常である。
 しかしそこに驚く余裕もなく、私は店の外で体の内外が逆転するほど、胃袋の中のモノを出し続けた。酔っ払っている彼は、私に肩を貸してくれながらも、仕返しの暴言を投げつけ続けた。
 まるでコントのようだろう。
 嘘のような本当の話。夢のような地獄の夜だった。

大人の女は余裕と度量

 その1週間後、彼とは別れた。
「俺はお前より、偏差値が高い。その時点で、俺の方が人間的に上」
 やはりこの言葉には傷付いた。しかし文通をしている時から、彼が私を見下してるのは薄々感じていた。そのためこの言葉は、彼との今後を判断する決定打にすぎなかった。それに彼も、酔うと凶暴化する彼女は御免だっただろう。
 アルコールは人の本音・本性を容易に引き出してしまう。当時の彼は偏差値で人間の優劣を判断する人だった。一方で、私は手が出るほど怒りを抑えられない本性を持っていた。面白くもあり恐ろしい。
 今思い返すと、彼が偏差値で人間の優劣を見る本音は、育った環境のせいでもあると考える。彼の父親は医者だった。しかも開業医。だが彼は医学部ではなく、工学部へ進学した。
 ここからは想像だが、彼には医者である父親からのプレッシャーや、医学部に進まなかった自分へのコンプレックスがあったのかもしれない。
 彼はたびたび私に言った。
「お前は変わってて良いよな。俺もそんな変わった個性が欲しい。何者かになりたいねん」
 当時若干20歳の彼が、私にぶつけた本音は、ただの甘えだったのかもしれない。心の闇や苛立ちを受け止めてほしかったのかもしれない。反抗期の5歳児のように。
「殿御はみな、可愛いものでございます」
 先週、NHK大河ドラマ『光る君へ』で、吉高由里子が演じる藤式部(のちの紫式部)が言っていた。その余裕と度量が、魅力的な大人の女になるには、欠かせないものだろう。胸に刺さった言葉だった。
 私はまだまだ小者である。殿御が舐めた発言をしてくると、すぐに喧嘩腰になってしまう。学問的な偏差値はそこそこ高くても、人間的な偏差値はまだまだ伸びしろだらけだ。
 朝海汐のような大人の余裕感は、どうすれば出るのだろう。また太宰治でも読もうかしらん。

太宰治が好きなエイトマン女優『朝海汐』
X:@asami_shio_

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