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第113話 マドンナ専属2周年記念作品の裏側〜『麻縄に溺れた人妻』〜


人生は思い出づくり

『Madonna専属2周年記念 藤かんな 緊縛解禁!! 麻縄に溺れた人妻』
 私のAVデビュー2周年記念作品のタイトルである。
「1周年記念ではソープ嬢を解禁しました。2周年ではドドンと緊縛を解禁したいと思っております。いかがでしょうか」
 2023年の末、マドンナプロデューサーから提案を受けた。
「ぜひお願いします。緊縛、初めてなので楽しみです」
 この時は迷いも不安もなく、本心で「楽しみです」と言った。だがしかし、この2周年作品の撮影は、間違いなく藤かんな史に残る1日となったと思う。そうなることを一体誰が予想できただろうか。いや、私が無知だっただけで、周囲は予想していたのかもしれない。
 いずれにせよ、何も知らなかったからこそ、リアルな緊縛作品になったのではないだろうか。無知は無敵なり。

 2024年2月5日。撮影当日はひどく寒い朝で、不気味なほどに静かだった。7時、マネージャーの東さんが迎えにきてくれた。
「今日は午後から雪になるそうですね」
 この日は今季最大の寒波が襲い、日本各地大雪になるという予報だった。
「8月発売の作品ですからね。おそらく今日も薄着でしょうが・・・・・・」
 AV作品は撮影が完了してから、4ヶ月が経過しないと販売・配信できないルールになっている。だから冬の現場では薄着をするし、夏の現場では厚着をする。
「それに今回の現場は日本家屋なので、やや風通しが良いかと思われます」
 苦笑いをするしかない。

 8時、現場に到着。メイクを済ませると、まずはパッケージ撮影だった。ついに初めての緊縛。照明器具が設置された畳の居間に行くと、たくさんの麻縄を持ったスキンヘッドの男性が立っていた。プロの緊縛師である彼は「よろしくお願いします」と、私の首に縄をかけた。
「緊縛は初めてですか? 不安かも知れないけど、縄は煮沸してなめしてあるので安心してください」
 緊縛師はあやとりをするように、私の体の上で縄を編んでいった。最後に手が後ろに回され、手首を重ねる形で固定される。完全に体が固定されると、なんだか少し切なくなった。全く動けないってちょっと怖い。
「手首、動きますか? 肩が辛くなってきたら、手首の重なりを入れ替えてください」
 緊縛師が縄がたるんでいないかを確認しながら言った。背中側にあった右手を左手と入れ替えてみる。確かに、肩がすっと楽になる感じがした。
 パケ撮影開始。カメラマンは原さん。60歳くらいだろうか。細身で丸眼鏡をかけた、和製ジョンレノンだった。
 私は膝立ちになり、カメラを見つめた。作品タイトルに合うよう、全身から悲壮感を漂わせて・・・・・・。
 外は雪が降っている。いつの間に降り始めたのだろう。室内は暖房をつけているがやはり寒い。手先と足先が冷たくなってきた。体が冷えるのと比例して、気持ちが少し萎えてくる。
「すごい雪ですね。こういう日のことは、死ぬ前にちょっと思い出したりするんでしょうね」
 え。今、誰が言った? 
 目だけを動かして、周囲を見る。カメラを構えている原さんが「ねえ」という顔でこちらに微笑んでいた。
「人生、思い出作りですからね」
 言葉の主は、原さんだった。

 エイトマン社長もよく「人生は思い出作りやねん」と言う。
「あの世ってな、何もないねんて。平和すぎて退屈してくるねん。だから、あの世に飽きた人たちは、この世に来るらしい。しんどいことを味わうために」
 でもこの世でしんどい思いしているうちに、あの世が退屈だったことを忘れてしまうんよな、と社長は続けた。
「これまで旅行でいろんなホテルに泊まってきたけど、一番記憶に残ってるのは、広島の古ーいボロボロの宿。風呂場に脱衣所がないから、部屋で服脱いで、他の客に見られないように、『通りまーす』って声をかけてから風呂場まで行くねん。昔、そんなヘルスがあったことを思い出したわ」
 当時は「こんな宿、最悪や」と思ったらしいが、忘れられない思い出となったそうだ。 
 確かに楽しかったことよりも、苦労したことの方が強く記憶に残ったりする。思い出作りとはある意味「苦労すること」なのかも知れない。
 そう思うと、手先足先に血が通ってくる感じがした。

1度目の絡み、蘇る記憶

 パケ撮が終わり、縄が全て解かれる。鼻から大きく息を吸い、吐く。肩を回そうとする。が、
 ・・・・・・あれ、腕が動かない。
 強引に動かそうとすると、肩関節に痛みが走った。
 緊縛、舐めてたかも・・・・・・
 想像以上に骨の折れる撮影になる予感に、唾を飲み込んだ。

 この日のドラマの内容は、商社に勤める私が仕事のミスを取引先に謝罪しに行き、先方に取引を続けることと引き換えに、縛られ弄ばれるというものだ。
 早速1度目の絡みの撮影が始まった。取引先の元へ、謝罪しに行き、ひたすら土下座をするシーンから始まる。
 V撮監督の魁さんは、やや強面で体の大きな50代くらいの男性だ。自らも緊縛師であり、数知れないほどの緊縛作品を手がけている。それゆえに、彼の緊縛作品にかける情熱は強く、「この作品は土下座が重要なんだ」と、演技指導にも力を入れた。
「指先をきちんと揃えて、肘は少し浮かせて」
「お尻も若干浮かせてほしいんだ。そのほうが形が綺麗に見える」
「つま先は指を折らないで、まっすぐ伸ばして」
 どんどん体重を乗せる支点が奪われていき、最後は膝小僧の1点に全体重をかけ、背中から腰をプルプルと振るわせていた。私が発する「申し訳ございませんでした」は、リアルに震えていただろう。
 そして絡みが始まる。取引先役を演じている男優の阿部さんが、全裸で縛られている私を見下ろし言う。
「さっき小便をしてきたんだ。掃除してくれ。俺のラマをな」
 はて。ラマって、あのラクダっぽいモフモフのやつかしら。
 頭に浮かんできたのは、もふもふした癒し系フォルムの動物だった。
 しかしそんな呑気なことを思っているのも束の間。強引に阿部さんのものを咥えさせられ、横から魁さんが大声で煽った。
「君は今、取引先に無理難題を押し付けられて、無理矢理縛られているんだ。初めて縛られて怖いよなあ。その上、公衆便所のような臭い汚えちんこを舐めさせられる。嫌だろう!」
 阿部さんのラマはとっても綺麗で、お花の香りがする。
「ほら、男優の顔を見てみろ! 屈辱的だろ」
 屈辱的———その言葉がざらりと心を撫でた。胸の奥底が疼く。阿部さん顔を見上げながら、徐々に自分の顔が歪んでいくのを自覚した。
「泣いても良いくらいなんだよ!」
 泣いてたまるか、の思いに反して、くぐもった声を漏らしながら、目からは涙が流れた。縛られながらのフェラは苦しくて、喉の奥を突かれると息ができなくて、何度もえづいて。私の奥から、醜くて不気味な感情が込み上げてくるのを感じた。
 ———この感情は、きっと今思い出してはいけない記憶。
 奥底に眠っていた記憶が、吐き気とともにむせ上がってくるようだった。

 1度目の絡みが終わり、縄が解かれる。手をだらりと垂らしたまま、畳の上にあひる座りをする。しばらく動けなかった。ずっと固定されていた肩関節が非常に痛い。
 徐々に体に血が巡り、肩も感覚を取り戻してきた。バスローブをかけられ、ふらふらと風呂場へ行く。腕や肩、胸に赤い点々が浮き出ていた。毒々しい内出血だ。
 これが緊縛か・・・・・・
 残りの撮影への不安はこの日の雪のように、溶けずに積もってくばかりだった。

猿轡、ロウソク、鞭、私は壊れる

 シャワー後、メイクを直し、次はエロシーン。共演男優はさっきと変わり、トニー大木さん。彼は私の取引先役であり、裏では阿部さんとグルになっている。つまり彼にもまた縛られ弄ばれるのだ。
 私は再び土下座、土下座、土下座。からの、椅子の上で脚をM字にしたまま縛られる。真ん中で固結びをした綿の手ぬぐいを咥えさせられ、口を塞がれる。猿轡(さるぐつわ)というやつだ。
「口元が隠れると、表情が分からなくなるんだ。だから、目を大きく開けてくれ。ハリウッド俳優並みに目で表現してほしい」
 魁さんからはそう指導を受けた。電マやディルドで散々いじられ、呼吸は乱れるが、入ってくる酸素は少ない。目を大きく見開くだけの行為がこんなに難しいとは。
 最後はローターを挿れたまま、なぜかトウシューズ履いた状態で、鴨居から吊るされる。胸が圧迫され、猿轡の影響でさらに呼吸は浅くなる。
 ———私、何やってるんやろう。
 シーンの盛り上がりに反比例して、冷静になった。
「今の若い奴は、会社がしんどくなったら、すぐ会社辞めるし、AV女優なったりするしなあ」
「セックスして金もらって、月に1回の仕事って、優雅な生活やなあ」
 過去に言われた言葉が蘇ってくる。
「親にバレたらどうするの? それも自業自得か」
 ———なんでそんなこと言われなあかんねん。
 奥歯に力が入る。噛んでいる手拭いに涎が染み込んで気持ちが悪い。背中で交差させられた手の指先が冷たくなってきた。ピリピリと痺れてきている。もういっそのこと、このまま意識が飛んでしまえば良いのに。
 このシーンでは、ドラマの設定的に泣いてはいけなかった。しかし視界はぼやけ、顔が歪んでいくのが分かる。
 ———今ここで思い出したらあかん。
 カメラから顔を背けるため、下を向いたまま、ぐったりと吊るされていた。

 半ば朦朧とし始めた時、「カット」の声が聞こえ、鴨居から下ろされた。縄が解かれる間、スタッフに肩を支えられ、棒立ちになる。だらりと垂れた腕には感覚がなかった。それでも肩だけはジンジンと痛みを主張してくる。ずっとローターで刺激を受けていた股もヒリヒリと痛い。体は冷え切って、気持ちはどん底だった。
 おい、お前。寒いんやろうけど、ストーブの前でこっそり足あっためんなよ。真っ裸のワテの方がずっと寒いんや。お前も、口もぐもぐさせて、何か食うとるやろ。気付いてないと思ってるんかも知らんけどな、全部見えとんねんぞ。
 私は周囲のスタッフを睨め付けながら、理不尽に殺気立っていた。

 撮影は続き、次はロウソクと鞭打ち。ここで私は爆発する。


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