第114話 藤かんな東京日記〜AVをバレエ教室にバラした美衣子さんとの再会〜
2024年8月14日。私はある人と再会した。約1年半前、私がAV女優であることをバレエ教室にバラした、美衣子さんだ。彼女は拙著『はだかの白鳥』に登場するので、読んでみてほしい。
1年ぶりの美衣子さんとの再会
7月末、美衣子さんからラインが来た。
「お盆に東京行くんやけど、もし忙しくなかったらご飯でもどうー?」
バレエ教室にAVのことをバラされた後、私たちは和解をしていて、今もたまに連絡を取っていた。私は「行きましょう」と2つ返事で約束を取り付けた。私が辞めた後のバレエ教室の近況も知りたかったし、何より地元の友人に会えるのは嬉しかった。
約束の8月14日、11時に都内の某駅前で合流した。
「久しぶりー!」と、身長150センチくらいの女性が、顔の横で手を振りながら歩いてくる。美衣子さんだ。彼女は目と口が大きく美人で、小柄だが華やかな印象を与える人だ。
約1年ぶりに会う美衣子さんに、ホッとしている自分がいた。彼女がきっかけで、AV女優をやっていることがバレエ教室バレて、結果、教室を辞めることになったのは確か。だがしかし彼女は自分が発端になったことを、申し訳なく思っていたし、何より私は美衣子さんを慕っていた。
5歳年上の彼女は姉のようで、永遠と答えのない恋バナをしたり、クリスマスイブに夜通しカラオケで歌ったりと、不毛な時間を一緒に楽しんでくれる人だった。
私たちは近くの韓国料理店に入った。「元気してた?」「顔変わってて見つけられへんかったらどうしようかと思っててん」などと、料理を待つ間、会話は弾んだ。
「仕事はどう? 忙しい?」
美衣子さんが聞いた。
「6月までは執筆やら色々で忙しかったけど、今は少し落ち着いています」
そう答えると、彼女は「本、出たんや!」と驚いた。
「あの、ブログ? みたいなやつが本になるかもしらへんって言ってたもんな。それやろ? 良かったやん。おめでとう」
そう言われた瞬間、自惚れていた自分がいたことに気付かされた。自分が思っているほど他人は私のことを気にしていない。そんなこと分かっていたつもりだった。けれど、美衣子さんのことは『はだかの白鳥』にも書いていたし、私が本を出したことは知っているだろう。ひょっとすると読んでくれているかもしれない。そう思い込んでいた。
私は自惚れていた恥ずかしさを隠すように、「そうなんです。本、5月末に出たんですよ。なんとか」と捲し立てた。「なんとか」なんて、言う必要のない謙遜の言葉まで添えて。
「でも良かったね。ちょっと安心やん」
何が安心なのだろう。
「書くことでもやっていけるって分かったやん」
そうですね、と相槌を打つ。
「でも書くだけでは、生活できないですからね」
陰気な言葉が口から溢れた。そして同時に、しまった、と後悔した。その直感は正しく、その後の会話は停滞した。
「美衣子さんは仕事はどうですか?」
「なかなかうまいこと行かへんくてさ。働きたくないー、休みほしいー」
「美衣子さん、彼氏はできました?」
「できひんー。もう結婚も子供も諦めたわ。諦めたら楽になったよ」
「でも今は、卵子凍結って方法もありますよ」
「そんなん芸能人がするやつやろ。笑」
あまりテンションの上がらないキャッチボール。話題を変えようと、私が通っていた大阪のバレエ教室の近況を聞いた。
「私ももう1年くらい行ってないねん」
なんてこった。
なぜ教室に行かなくなったのかを聞くと、居心地が悪くなったのだそう。私が辞めた後、今度は美衣子さんが、教室の先生から無視をされるようになったとか。それがきっかけで教室から足が遠のいたらしい。
「なんだか色々ありましたね・・・・・・」
お葬式のような空気が漂っていた。しかしそんな空気にした原因は、さっきの私の「書くだけでは、生活できないですからね」という陰気な発言なのだろう。
家族から応援されたAV女優の話
これと似た経験を、去年の8月にもしていた。
大阪から東京に引っ越す直前、私は美衣子さんと会って食事をした。来月、東京に引っ越すことを話すと、彼女は「それって事務所に利用されてへん?」と言った。
「撮影って月1回なんやろ? 東京に住んだからって撮影が増えるわけじゃないんやろ? 別に東京に行く必要なくない? 交通費とか宿泊費を浮かせたいから、東京に住めって言われてるだけちゃうん?」
「事務所に利用されてないです」ときっぱり反論できず、「えーっと、そんなことはないと思いますよ」と曖昧な返事をした。
私はこの時、東京に住むことへの不安でいっぱいだった。エイトマン社長は「東京に住むことは未来への投資なんや」と背中を押してくれていた。だが、20代の頃ならいざ知らず、30を超えてからの変化は怖さも強い。東京住みを納得できるだけの具体的な理由ほしくて、でも見つけられずにいた。
後に、この美衣子さんとのやりとりを、社長に話した。すると彼から返ってきた言葉はこうだった。
「そう言わせたのは、自分やで」
打ちのめされた。社長はそれから、過去にエイトマン事務所にいた女優の話をした。
その女優は夫と小学生の子供がいる本物の人妻だった。彼女は某AVメーカーでデビューが決まった時、「家族にAVデビューすること報告しますね」と社長に言った。まるで「宝くじで1000万円当たったから、家族に報告する」くらいのテンションの高さだったらしい。社長は彼女のカラッとした明るさに戸惑った。これまで多くの女優を見てきたが、家族が賛成するかしないかは、多かれ少なかれ女優がぶつかる問題だったからだ。
数日後、その女優に「どうやった?」と家族の反応を聞いた。
「みんな、頑張れよってむっちゃ応援してくれました」
彼女はそう言って豪快に笑ったそうだ。
「きっと家族もあのテンションで『AVデビュー決まったわっ』って言われると、『頑張れよ』って言わざるを得なかったんちゃうかな。でも人の気持ちってそんなもんやねん。相手は自分の鏡やねんなって気付かされた」
社長は私にそう言った。
相手は自分の鏡———人と接する時、お互い似た気持ち抱いていることは多々ある。嘘をつくと嘘をつかれるし、心を開くと心を開いてくれる。人間関係は全てイーブンに成り立っている。イーブンでなければ成り立たない。それはずっと感じていることだった。
過去への復讐、完遂
美衣子さんとはその日、5時間近くずっとしゃべっていた。正直、会話の内容はあまり覚えていない。これを無駄な時間だと思う人もいるのだろうが、こうした無駄も必要なのではないかと思っている。何より5時間もずっと話していられる相手なんて、なかなかいない。
それに今回の再会で得るものはあった。
そろそろお開きにしようかとなった頃、美衣子さんが最後にこう聞いた。
「東京に来て良かったと思ってる?」
「はい、良かったです」
食い気味でそう答えた。これは東京へ引っ越す前に「事務所に利用されてているわけではない」とはっきりと言えなかった自分への復讐だった。さらには「事務所に利用されてるんちゃうん?」と不安にさせてきた美衣子さんへの復讐でもあった。
美衣子さんは「そうか、なら、良かったね」と一言だけ返し、「また遊ぼね」と大阪へ帰って行った。